命降る夜【6】
村は山脈の裾野にある。外界から隠されるように、村は森の中に埋もれていると言った方が正しいかもしれない。西には村の生活を支える渓流があり、南は帝都へ続くため辛うじて整備されている。
対して北と東は特別だ。東には崖が、北には日の光さえも届かない深い樹海が広がっている。樹海には村人も決して足を踏み入れようとしないし、東の崖は木々が少なく儀式を行う聖域として神聖な場所となっていた。
神聖といえど皇帝の命で星を詠むことが増えてからは、忌み地といっても過言ではない。
セラはもちろん、村人もきっとそう思っていることだろう。だから東の崖にも滅多なことでは近付こうとしない。第一、儀式の夜は星明かりを導くために、家々はかたく戸口を締め、かまどや蝋燭の光をもらさないようにひっそりと中に籠る。
それが幸いしてか、東へ走る二人の姿を呼びとめる者はいなかった。家々の合間を抜け、崖を目指すため森に入れば、木々の合間から届く淡い光だけが行く手を照らしている。
崖の頂に続くこの道は、元々細い獣道だったものを兵が整備したものだ。頻繁に利用されるようになってからは、獣たちは住処を移したのだろう。獣の気配さえしない静寂がこの山道を支配している。その静寂のため、荒い息遣いと落ち葉を踏む音が思いのほか大きく響いた。
湿気を含んだ落ち葉は滑りやすく、思うように足が進まない。焦る気持ちを抑えながら、セラは木々の合間から目指す方角へ目を向けた。遠くに小さく揺れる光が見える。おそらく帝国兵が手にした松明の光だろう。だがそれも決して多くはない。儀式が始まれば、あの光も消されることになるだろう。そうなれば兄の纏った帯が月明かりを宿し、星を導きはじめる。
つまり、あの揺らめく光がすべて消え去るまでに、セラはその場に辿りつかなければならない。
「流星、間に合うと思う?」
セラは乱れる息の合間に、声を絞り出した。隣をセラと同じように、地に足を付け流星が走っているのだからおかしなものだ。しかし今はそれをどうこう考える暇もない。
「もう月も高い。このままでは厳しいかもな」
流星は足を止め、空を仰いだ。
ただでさえ時間が惜しいのに、どうして足を止めたのか。
「でも間に合わせなきゃ、意味がないわ」
「そう言うと思ったよ。でも大丈夫、俺は抜け道を知っている」
そう言って流星が目をやった先には、うっそうとした茂みがある。とても人が通れるような場所ではない。不安げにセラが流星を見れば、彼は茂みを形作る枝の一部に手を掛けた。
互いに枝が擦れ合う音がして、僅かな隙間が姿を現した。セラの体格ならば充分に通れそうだ。その先は枝の合間を縫うように地面が剥き出しになっている。
「獣道?」
「そう。住処を移したとはいえ、この辺りはまだまだ彼らの生活圏だ。森の中には人の知らない獣道がたくさん存在する。小柄な君なら通ってゆくことができるだろう。この道を辿れば、崖の頂まではうんと近い」
「小柄ならって、それなら流星は……」
流星はセラの兄より小柄であったが、それでもセラよりも肩幅があるし、背が高い。セラがやっと通れるくらいのその道を、流星は通ることができないだろう。
「俺では無理だ。でも心配しないで。きっと追いつくから」
尚も不安に揺れる目を向けるセラの背を、彼はそっと押した。
「ほら急いで」
「絶対に、絶対よ」
「ああ、約束だ」
セラは大きく息を吸うと、再び走り出した。細い獣道は、地面が出ているため幾分か走りやすい。途中、腕を木々の枝が掠めたが、セラは気にせず走った。
どのくらい走っただろうか。
己の呼吸の他に、セラの耳に聞きなれた声が届いた。
兄さんの声だ――認識したと同時に顔をあげれば、すぐ近くに揺らめく松明の炎が見えた。
そのまま速度をあげ、茂みの枝を突き破るように、セラは崖の上へと転がり出た。
「何事だ!」
突然の事に驚きを隠せない帝国兵が声を張り上げる。ガチャガチャと金属がぶつかり合う音に眉をひそめつつ、セラはゆっくりと起き上った。
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