幸せな日々はきっとこれからも(後編)

「もー! 全然既読つかないー! あ、海菜ちゃんから写真来た! 望くんの写真!」


「ってことはやっと終わったのか」


「海菜ちゃんと満ちゃん邪魔だな……後で消すか」


「魔王みたいなこと言ってやがる。怖っ」


 はるちゃんから写真を見せてもらっていると「もう着くから大人しく待ってて」とメッセージが届く。送信は海菜のアカウントからだが、これは多分星野くんだ。はるちゃんもそう思ったのか『待てない』『ちゅーしたい』『ぎゅーしたい』『いちゃいちゃしたい』と甘えるようなメッセージを送る。『そういうメッセージは望の方に送ってくれ。履歴が残ると浮気してるみたいで困る』と海菜から返信が来ると『だって望くん既読付けてくれないもん』と私の肩にもたれかかりながら返して、星野くんとのトーク画面を開いてスタンプを連打する。


「あ、既読ついた!『今車乗って向かってる』って!」


 まだかなぁと、はるちゃんは個室の扉の前で待ち始める。注文したものは全て来ているから恐らく店員が入ってくることはないと思うが、来たら驚くだろうなと苦笑する。しばらく追加の注文をせずに雑談しながら待っていると、声が近づいてきた。扉が開いた瞬間、はるちゃんは「もー! 望くん! 遅いよー!」と相手の顔を確認することなく抱きつく。抱きついた相手は星野くんではなく海菜だ。


「小春ちゃん、望はこっち」


 指摘されたはるちゃんは海菜を見上げ「んー? あー、海菜ちゃんだぁー。久しぶりー」とふにゃっとした笑みを浮かべる。そのまましがみついていたが「小春」と星野くんが呼ぶと、声に反応して小走りで星野くんの方へ行き、足に抱きついた。星野くんはは困ったようにため息を吐き、彼女を抱き上げて席に座らせ、隣に座る。するとはるちゃんは席を立ち上がり、星野の膝の上に移動し、甘えるように身体を擦り付ける。相当酔っている。それを見た森くんが「俺も甘えたろ」と夏美ちゃんの膝の上に頭を乗せた。そしてそのまま寝息を立て始めた。流れに乗って、私も海菜の肩に頭を寄せる。


「……みんないちゃいちゃしてるから、少しくらいなら良いかなって」


 彼女の方を見ないまま言い訳すると、彼女は私の頭を撫でながら「よし。帰るか」と言い出した。福田くんが「まだ来たばっかりだろ」とつっこむ。「冗談冗談」と笑いながら、彼女は私を払い除けずにそのままメニューを見始めた。彼女の声が心地よくて、だんだんと眠くなってくる。


「酷いよー! 百合香もなんとか言ってよー!」


 眠りかけていたところを揺さぶられハッとする。なんの話かよくわからないが「そういうところも好きだから大丈夫よ」と返す。


「そういうところもってことはやってんじゃねえか」


「ちょ、冤罪! 冤罪だから! ちょっと百合香ぁ!」


 再び揺さぶられる。しかし、眠い。彼女が来て緊張の糸が切れたのだろうか。ぼんやりとする意識の中「雨音もそこの二人もこんなんだし、そろそろ解散する?」という夏美ちゃんの声が聞こえた気がした。


 次に気がついたときには、みんなは居なくなっていた。視界に映る彼女の背中に腕を回し、みんなはと問うと「もう飲み会は終わったよ」と返ってきた。いつの間に。


「明日は有給取ってるって言ってたよね。お風呂は明日にしてもう寝ちゃおうか」


「ん……」


「よっ……と」


 身体が浮く。彼女の首に腕を回してしがみついていると、ベッドに下ろされた。するのだろうかと期待したが、彼女は立ち去ろうとする。


「いっちゃやだ」


 引き止めると、彼女は仕方ないなとため息を吐きながら戻ってきてベッドに座った。膝の上に頭を乗せると、ぽんぽんと優しく撫でてくれる。「すき」とこぼすと「うん。私もだよ」と優しい声で返ってきた。もっと甘やかしてほしくて、抱きしめてほしいとねだる。


「はいはい」


 堪能してから、彼女を押し転がして上によじ登り、胸に耳を当てる。とくんとくんと一定のリズムで脈打つ心臓の音が心地いい。


「うみなのおとがする」


「好き?」


「すき」


「ふふ」


 頭を上げると、目が合う。キスをしたくて顔を近づけようとすると、彼女はどうぞというように目を閉じる。一度だけ唇を重ねて、胸の上に頭を戻す。彼女の心臓の音が子守唄のように、私の意識を夢へと誘おうとする。しかし、まだ寝たくない。もう少しいちゃいちゃしたい。顔を上げ「抱かないの?」と彼女を誘ってみる。「そのつもりだったけど無理でしょ」と彼女は苦笑いした。


「絶対途中で寝るもん。てかもう半分寝て——ん」


 彼女が言い切る前に唇で言葉を遮る。はむはむと味わうように唇を甘噛みしてから、耳へ。彼女は「ちょ、ちょっと」と吐息混じりに困ったような声を漏らしながらも、突き放そうとはしない。「好き。大好き」と囁きながらゆっくりと手を身体に滑らせる。


「う……ちょ……ああもうっ!」


 耐えられなくなったのか、彼女は私をひっくり返して上になる。飢えた獣のような瞳が私を見据える。愛おしくて抱きしめ「いっぱいして」と誘う。しかし、私の意識はもう限界で、夢の世界へと引っ張られてしまう。

 その先は覚えていないが、朝起きたら私は彼女の腕に抱かれていた。しかし、ちゃんと服は着ている。あのまま何もせずに寝たのだろう。煽るだけ煽って申し訳ないと謝罪すると、彼女は「別に気にしてないよ。酔うといつもそうだから」と呆れるようにため息を吐く。そして「でも、昨日の続きはさせてね」と不敵な笑みを浮かべる。先にお風呂に入りたいと訴えるが「駄目。後」と問答無用に推し転がされ、うつ伏せの状態で上から押さえつけられ、身動きが取れない状態で好き勝手に身体を弄られる。彼女が満足した頃には出勤時間はもうとっくに過ぎていた。やはり有給を取って正解だった。

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