幸せな日々はきっとこれからも(中編)
成人式が終わった帰り道。
「小桜さん、この後の同窓会は……行かないよね」
「ええ。高校の同級生と会う約束してるから」
「そっか。そうだよね」
「大木さんは?」
問うと彼女は気まずそうに目を逸らしながら「合唱部の同窓会があるんだ」と答えた。初耳だ。まぁ、誘われなくても不思議ではないが。
「じゃあ、私こっちだから」
「うん。……あの」
「なに?」
「……今度、飲みに行かない? 彼女さん、紹介してほしいな」
「……ええ。是非。じゃあ、またね」
「うん。またね。また、連絡するね」
「ええ」
大木さんとまた会う約束をし、別れて一度家へ。玄関は鍵がかかっていた。開けて中に入ると、彼女の靴はない。まだ帰ってきていないようだ。はるちゃん達との飲み会は午後六時から。今はまだ十二時過ぎ。五時半ごろに家を出るとしても五時間以上時間がある。振袖から洋服に着替え、寝室へ向かい、ベッドに転がり、彼女の枕に顔を埋める。式典はきっと、もうとっくに終わっているはずだ。すぐに帰ってくるだろうか。いや、彼女は私と違って友達も沢山居て、積もる話もたくさんあるだろう。式が終わってもしばらくは帰らないかもしれない。彼女が私を大切にしてくれているのは伝わっている。浮気の心配なんてものは一切無いが、やはり寂しい。早く帰ってきてほしい。彼女の枕を抱き、寂しさを紛らわせていると、廊下から足音が聞こえてきた。足音は寝室の前で止まり、扉が開く。咄嗟に彼女の枕を投げ捨て、身体を起こして座りこむ。
「お、おかえりなさい……」
「……」
私と目が合った彼女は何も言わずに床に落ちた枕に視線をやる。そして私に視線を戻し「もしかして——」と確信をつこうとする。言葉を遮り、同窓会は何時からかと問うと、彼女はなんでもないような素振りでこう答えた。
「四時からだから、三時半くらいには家出ようかな」
そして「まだ二時間以上あるけど、いちゃいちゃする?」とニコニコしながら締めくくる。
「早めに行って向こうで待ってたら?」
「えっ。冷たっ。時間あるんだからちょっとくらいいちゃいちゃしようよ」
「やだ」
「えー。なんでよー」
「……うから」
「あん?」
「……ちょっとじゃ、済まなくなるから」
本当は今すぐ甘やかしてほしい。だけど一時間じゃ絶対に足りない。もっと欲しくなってしまう。しかし、彼女は「なるほど」と言いながらベッドに乗り上げ、私と距離を詰める。枕を盾にして全力で拒否する。
「ち、近づかないで。早く行って」
「いや、でも今すぐ抱いてほしいって「言ってないから! もー! 早く出て行って!」
このままだと絶対にそういう流れに持っていかれる。半ば強引に彼女を家から追い出し、鍵をかける。「向こうで時間潰してくるね」とメッセージがLINKに届く。自分で追い出しておきながら、戻って来ないのかと落胆してしまいつつ「行ってらっしゃい」と返すと「帰ったらいっぱいいちゃいちゃしようね」と大量のハートマーク付きで返事が来た。既読だけつけてアプリを閉じる。はるちゃん達との飲み会は六時から。まだ四時間以上もある。はるちゃん達も小中の友人と会う約束していると言っていた。暇なのは私だけだ。家に居ると落ち着かないので、とりあえず飲み会の会場となる居酒屋まで向かう。
近所に何かないだろうかと探していると「あれ、お前の元カノじゃね?」と、なんとなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。嫌な予感がしつつも声がした方に視線を向けてしまうと、元カレの面影がある男性と目が合ってしまった。彼は声をかけずにさろうとしたが、一緒にいた友人が近づいてきて「俺のこと覚えてる?」と声をかけてきた。追いかけてきた彼が私に頭を下げ、友人を連れて去ろうとする。しかし友人は引き下がろうとせず「本当は女が好きって噂、本当なの?」とニヤニヤしながら聞いてきた。その瞬間友人に向かって振り上げられた元カレの拳を、咄嗟に止める。彼は驚いたように私を見て、静かに振り上げた拳を降ろした。
「……悪い」
「あ、ああ……」
殴られそうになった当の本人はなにが悪いのか分からないと言わんばかりにぽかんとしていたが、他の友人達は「お前あれはないわ」「デリカシーなさすぎ」「そんなんだからモテねえんだよ」と苦笑いしながら彼の肩を叩く。そして揃って私に謝り、友人を連れて元カレと共に去って行く。「で? 噂マジなの?」という友人の問いに「お前らよりイケメンだったよ。あれは勝てん」と笑いながら答える彼の声が聞こえてきた。穏やかな声色だった。彼と最後に会ったのは海菜と付き合い始めたばかりの頃だから、高一の頃だ。あの頃に比べると随分と大人びて紳士的な雰囲気になった。背も伸びていた気がする。五年でこうも変わるのだろうかと去り行く後ろ姿を見送っていると、彼らの後ろ姿を隠すように、ひょこっと視界の真ん中に夏美ちゃんの顔が入り込んできた。
「やっほーユリエル。早いね」
「夏美ちゃんこそ。同窓会は終わったの?」
「うん。みんなもこの後高校の同級生と会うから早めに解散したの」
私もいますよーとぴょんぴょん飛び跳ねてアピールするはるちゃんが視界にちらつく。相変わらず見た目も動作も可愛らしくて、とても二十歳の女性に見えない。こう見えて今日来るメンバーの中では一番最初に二十歳を迎えている。
「ところでさっき一緒にいた男子達知り合い?」
「ええ。中学の同級生よ」
「ふぅん。……もしや、あの中に元カレが居たり?」
「……ええ、まあ」
「マジか。成人式マジックにかかってたりしない? 大丈夫?」
「それは大丈夫よ」
確かに彼はあの頃より魅力的になったとは思う。だけど、彼女を悲しませてまで近づきたいとは思わない。彼女より好きになれる人なんてきっとこの先現れない。まぁ、彼と付き合っていた頃も別れた後もしばらくはそう思っていたから絶対とは言い切れないのだけど。
その後、三人でカラオケに行き二時間ほど時間を潰して待ち合わせ場所に戻ると森くんと福田くんが居た。森くんは相変わらずメイクをしてスカートを穿いている。大学でもそうらしいが、成人式はスーツで参加したとのこと。理由を聞くと、振袖は良いけど着付けのためだけにわざわざ早起きするのはめんどくさいとのこと。前撮りは着たらしい。写真も見せてもらったが、やはり可愛い。どこからどう見ても女性にしか見えない。
「あれ。鈴木達はいねえの?」
「まだ同窓会やってるんじゃないかな」
「さっきからメッセージ送ってるけどぜんっぜん既読つかない」
そう唇を尖らせながらスマホを連打するはるちゃん。
「先に入っちゃうか」
「そうね」
「やけ酒してやる」
「やめとけよはるは酒弱いんだから」
先に入るよとはるちゃんから海菜たちに連絡を入れてもらい、中へ。
「福ちゃん飲まんの?」
「おれはまだ未成年なのでジンジャーエールで」
「真面目だなぁ。今日くらい飲めばいいのに」
「大学生になったら既に飲酒してるやつとかいるしな」
「まぁ、結局そんなもんだろうけど……でもやっぱりねぇ。星くんは飲まないだろうし」
「ちるも誕生日まだじゃなかったっけ」
「ああ、そっか。いや、でも月島さんは飲みそう」
「ああ見えて意外と真面目だから飲まないんじゃないかしら」
「意外とね」
「鈴木くんは誕生日過ぎてたっけ」
「海菜は多分車でくるから飲まないと思う」
「あいつなら飲んでも運転出来そう」
「分かる。酔わなさそう」
「小桜さんも強そうだよね。涼しい顔で焼酎飲んでそう」
「確かに焼酎とか日本酒は好きだけど、そこまで強くはないわよ」
「いや、焼酎飲める時点で充分強いだろ」
「でも一番やばいの多分、そこのちっこいのだよな」
「ちっこいって言うな」
「
「君達、私をなんだと思ってんだ」
なんて話をしながら、福田くんはジンジャーエール、他の四人はビールで乾杯をする。この五人で集まるのは高校卒業以来。酒を酌み交わしたのは初めてだ。私を除いた四人では定期的に会っていたようだが。
「社会人は大変だねぇ」
「そうね。でも、うちの会社はまだホワイト企業な方だと思う。他の会社に就職したことないから比べようがないけど」
「でもさー、一日八時間は辛くない? 睡眠時間除いたら半日以上じゃん」
そう言う夏美ちゃんは今はプロの歌手だ。と言っても、まだ歌の仕事だけで食べていけるほどではないからアルバイトを掛け持ちしているらしい。レッスンの時間などを仕事の時間に換算したら一日八時間以上働いていそうだが。
「あたしはまぁ、好きでやってるから」
「私も別に嫌々働いてるわけじゃないわよ」
「ああ、ごめん」
「別に気にしてないわ。ただ、なりたい職業があって、そのために頑張ってるみんなの方が凄いなって思って」
とはいえ、別に今の生活に不満はない。八時間働いて、帰ったら彼女が居て、一緒にご飯を食べて一緒に眠る。そんな毎日の繰り返し。彼女が大学を卒業したら彼女の生活は昼夜逆転するから今とは少し違った毎日になるのだろうけど、それでもきっと、日々が幸せに満ち溢れていることには変わりないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます