バレンタインデー(side:海菜)
秘密の甘い時間
2月14日バレンタインデー。
の、前日の13日日曜日。
「お邪魔します」
「お邪魔します」
「おう。いらっしゃい」
「うわ、びっくりした…」
「あれ?月島さんだ。靴無かったよね?」
「あー…ベランダに置きっぱだわ。これ終わったら回収してくる」
バレンタインデーのチョコを作りたいから教えてくれと松原さんと泉くんに頼まれて、家に呼んでいた。ちなみに、ソファで勝手にくつろいでスマホをいじっている満ちゃんは、暇だからと言ってベランダから勝手に侵入して来ただけだ。2階にいてわざわざ玄関から来るのが面倒な時はたまにベランダからやってくる。もちろん鍵はかけているから、私が開けに行かされる。
「…月島さん、やっぱめちゃくちゃだね」
「昔からこうだよ」
「…流石姐さんっす」
「あ、姐さん?」
「兄貴がそう呼んでる」
「えぇ…」
苦笑いして満ちゃんを見る泉くん。
「向こうが勝手に呼んでんだよ。別に呼ばせてるわけじゃない。…あー…死んだ。靴取ってこよ」
ソファから起き上がってリビングから出て行く満ちゃん。
「…飼い猫みたい」
「姐さんは実さんにチョコ作らないのかな」
「渡していいかわかんないから貰ったらホワイトデーに返すって」
二人の関係は良くなっているような気がするが、まだ付き合ってはいないらしい。
「さて、チョコレート作ろうか」
「よろしくお願いします。先生」
頭を下げる二人。
「あはは。松原さんはともかく、泉くんはそれほど料理苦手じゃないんでしょ?」
「うん。まぁ…でも、家族以外にお菓子作るの初めてだから」
「てか鈴木くん、バレンタインとか絶対貰う側だったでしょ」
「バイトしてる時もよく声かけられてるよね」
「あー…あはは…百合香によく睨まれるんだよね…」
本人は睨んでいないと言うが。
「連絡先とか渡されたりするの?」
「たまにね。もちろん、ちゃんと全部断ってるよ。
話しながらチョコレートを刻む。
「…包丁捌きがプロ」
「大袈裟だなぁ。はい、じゃあ松原さん、お湯を沸かしてくださーい」
「湯煎で溶かすんだよね」
「うん。50度から60度のお湯でゆっくり溶かして、あとはトッピングと一緒に型に流して固めるだけ」
「沸騰させちゃダメなの?」
「うん。熱すぎると分離しちゃうから、温度を一定に保ちながらゆっくり溶かしていくんだよ」
「意外と難しいんだな…」
松原さんがチョコレートを溶かしている間に泉くんにナッツ類を砕かせて、私は型をいくつか用意する。
「うみちゃーん、ボス倒せーん」
リビングから私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「はいはい。これ終わったら手伝いにいくから待ってて」
「終わったら呼んでー。ちょっと寝る」
ちらっとリビングを覗くと、ソファのブランケットがかかった丸い物体が見えた。頭だけはみ出している。
「…ほんと猫だね」
「タチっぽいけどね」と松原さんが苦笑いしながら呟く。
「サラッと下ネタ入れてくるのやめてくれないかな」
松原さんは意外と下ネタ好きだ。恋人の前では猫を被っているが。
「よし、出来た」
「未来さん喜んでくれるかなー」
ウキウキしながらラッピングする松原さんとは対照的に、泉くんの顔は険しい。
「どうしたの?」
「…いや、持って帰ったら家族に食われそうだなと思って」
「じゃあ、預かろうか?」
「うん。お願い。明日の放課後に取りにいくよ」
「うん。忘れずに取りに来てね」
「ありがとう。鈴木くん」
「うん。ふふ。彼氏さん、喜んでくれると良いね」
「うん」
そして翌日。
「おはよう、百合香」
「おはよう」
いつもの車両で彼女と合流する。今日は二人きりだ。私が用事があるから早めに家を出ると言ったらついて来てくれた。本当は用事なんてなくて、ただ単に彼女と二人きりになりたかっただけなのだが。それを話すと彼女は呆れた顔をしたが、謝ると「そんなことだろうと思ったから」と苦笑いした。私も、彼女なら察してくれていると思った。
「…よし。誰も来てないね。じゃ、鍵取ってくるね」
「えぇ」
廊下に荷物を置いて鍵を取りに行き、開ける。
「どうぞ」
「ありがとう」
当たり前だが、中には誰も居ない。
彼女が続いて中に入り、鍵をかけると彼女は呆れた顔で振り返った。
「ふふ。私と一緒にイケナイことしよっか」
「…しません」
冷ややかな視線が刺さる。だけど彼女のこの視線、嫌いじゃない。
「えー。じゃあイイコトする?」
「……結局同じじゃない」
「あははー」
「鍵は開けておきなさい。やましいことしてるみたいで嫌」
「やましいことしようよー」
「…そういう冗談ばかり言う人にはチョコあげないわよ」
「チョコより君が欲し—」
言いかけたところで彼女は窓を開けて『それ以上冗談を言うならチョコレートを窓から放り投げるわよ』と、無言で圧をかけてきた。流石に冗談が過ぎたらしい。
大人しく鍵を開けると、彼女は窓を閉めて、窓から落とそうとしていた箱を持って私に近づいてきた。
「…本当に捨てるわけないでしょ。…あなたのためにわざわざ作ったんだから」
彼女は不機嫌そうに私から目を逸らしながらそう言って、箱を私に押し付ける。ほんと、ツンデレの見本みたいな子だ。彼女のこういうところが可愛くて仕方ない。
「ふふ。私だって、本当に捨てるなんて思ってないよ」
彼女がくれた箱はずっしりと重い。中にはガトーショコラが入っていた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「大事に保管するね」
「食べなさいよ」
「えー…でももったいない…」
「…はぁ…もう…」
すると彼女はため息をつき、ガトーショコラを掴むと無理矢理私の口に突っ込んだ。
「むぐ…」
少し苦めのガトーショコラ。美味しい。
「…美味しい?」
「…めちゃ
「…良かった」
ガトーショコラを味わっていると、不意に彼女の手が私の口元に伸び、指先が口元を一撫でした。
「ついてた」
食べカスを拭った指はそのまま彼女の口元へ。
無意識だったのか、ハッとして私を見た後、恥ずかしそうに顔を逸らした。
最近、彼女は周りから、私に似てきたとよく言われているが、こういうところなのだろうか。可愛い。愛おしい。
「ふふ。…私もチョコ食べさせてあげるね」
「——っ!」
彼女に渡したチョコレートを一粒口の中に放り込み、溶けてしまう前に素早く彼女の口の中に移す。
「…美味しい?」
「…分かんないわよ…味なんて…」
「じゃあもう一個食べさせてあげるね」
「自分で食べ——!」
もう一粒、チョコレートを口の中に放り込み、彼女の口の中に移す。
「—っ—もう!!」
「あははっ。ごめんごめん。もうしない。で、味の感想は?」
そう問うと彼女は真っ赤な顔を逸らして「甘すぎるわよ。馬鹿」と小さく呟いた。
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