第2話 イギリスでのスーリャと戦場での疑問の数々
飛行機がイギリスの空港に到着した時、スーリャは景色が平べったいことに驚いてしまいました。
見渡す限りに高い山がないのです。
丘がほんのちょっぴりあるだけで、後は緑のふさふさした野原や牧草地ばかり。
「ヤギじゃなくて羊を飼っているんだ」
と、ふるさととの違いを感じてしまいます。
軍隊での暮らしにはすぐなじむことができました。
同じ国から来た者ばかりの隊に入り、寝起きは快適な宿舎です。
身の回りのことも軍隊のことも、先輩たちがみんな教えてくれました。
毎日身体を鍛えたり、机について勉強したり、目新しいことがどんどん習えます。
車や戦車の運転やいろいろな機械の修理、けがした人を助ける方法も身につけました。
6月にはイギリスの女王様の誕生日パレードがあり、陸軍のみんながロンドン市内を練り歩くことになっています。
当日、赤い制服の近衛兵は背高のクマの毛皮の帽子をかぶり、黒服の騎兵隊は馬を上手に操っていました。
スーリャの部隊も、制帽、胸のメダル、トレードマークのナイフをきちんと鞘に納めて身に着ける盛装で後に続きました。
部隊の吹奏楽団のマーチに足並みを合わせ、沿道からは人々が手を振りながら声援してくれます。
スーリャは隊の旗を掲げ、女王様のお席の前を通りました。
無事にお役目を終えたところで、後ろから呼びかける人がいます。
「ムスタンじゃないか?!」
驚いて振り向くと金髪の将校さんでした。
スーリャはかかとを合わせ、手を額に当て敬礼をします。
人差し指の先を額において、手のひらを相手に向けるのが陸軍の敬礼です。
将校さんもすっと手を上げ、敬礼したかと思うと大きく笑って、
「よく似てるなあ」
と言いました。
「スーリャ・グルンと申します。ムスタンは父の昔の名だと聞いております!」
スーリャは緊張したままで答えました。
「手を下ろしてくれ。お父上はお元気か? 私は戦場で命を救われているんだ。命の恩人なんだよ」
「父が軍にいたとは聞いておりません」
スーリャはびっくりしました。
自分のお父さんはずうっと、ダウラギリの山でヤギを育てていると思っていたのです。
「イギリスの大学で勉強されていたが、同じ国の仲間が戦場に行くのを見て志願されたそうだ」
「そんな、知りませんでした……」
将校さんは昔を思い出したのか、少し瞳を曇らせました。
「危ない戦場に行くことになったんだ。大きな国がバラバラになって、それぞれの人種や信心ごとに独立しようとした。その間にたくさんの命が失われて。お父上は私を助けた後で、帰国された」
「いつ頃のことでしょうか?」
スーリャにはまだ想像がつきません。
「君が生まれる前のことだね」
将校さんはにっこりと笑ってくれました。
お父さんが英語が上手な理由はわかりましたが、どうして話してくれなかったのでしょう?
今は山に居て幸せなんでしょうか?
疑問がスーリャの胸の中に膨らみました。
その後は、イギリス国内の災害救助や、テロ事件が起こった時の後方警備に出動しながら、2年、3年と月日が過ぎました。
毎年6月のパレードももうドキドキすることなく颯爽と歩くことができます。
そんなある日、とうとうスーリャが外国の戦場に赴く日が来ました。
お隣同士の国が、元は同じ宗教を信じているのに、小さな食い違いから戦争をしているというのです。
イギリス軍の仕事は戦いを止めさせ、両国に話し合いをさせることですが、簡単にはいきません。
スーリャは戦場でたくさんのけが人を見ました。
壊れてしまった町も、道路も、遺跡もありました。
攻撃はミサイルで遠くから行うので、スーリャが直接人を殺すことはありません。
それでも、けが人を病院に運ぶ間に目の前で何人もの人が亡くなっていきました。
スーリャはてきぱきと仕事をしながら、頭は考えごとをしていました。
「国って何だろう、信じるものって何だろう」と。
イギリスから見ても、戦場の国から見ても、スーリャは外国人です。
そんな自分がここでいったい何をしているんだろうかと。
ーーけがをした人を助けるのは大事なことだ。
一人でも多く、一刻でも早く、病院に運んであげたい。
やりがいのある仕事で、誇りを持っている。
自分がかける言葉で、ご家族が安心してくれることもある。
でもこれが僕がさがしていたものだろうか?ーー
ーーずうっとさがしものをしていた。
知らないことがあると答えが知りたかった。
だから探した。
調べたら見つかって、また知らないことが出てきた。
それを追いかけてきたつもり。ーー
ーー山での暮らしとは違う世界があると思った。
ダウラギリ山のふもとの町とも違う世界があると知った。
素敵なこともたくさんあったけれど、悲しいこともいっぱいある。
軍隊の仕事は危険だ。
だからお金がいっぱいもらえる。
でもどちらの国が正しいのかわからなくて戦争になったときにそれを止める。
それが僕が探していたことなんだろうか?ーー
スーリャの心はそれはもう、たくさんのクエスチョンマークで満たされてしまったのです。
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