白く輝く山に育まれた若者がさがしたものは?
陸 なるみ
第1話 ヤギを飼っている若者を誘うもの
ダウラギリと呼ばれる、白く輝く尖った山がありました。
青い空に突き出た山のてっぺんは凍っていましたが、中ほどには雪も緑もなく石ころだらけ。
頂上から流れてくる小川は雪どけ水を集めていて、痛いくらい冷たいのです。
小川のほとりに小屋が一軒建っていました。
そこにはスーリャという名の若者とお父さんが住んでいます。
二人はヤギをたくさん飼っていて、温かいマントにするヤギの毛を売るのが仕事です。
ある日小川で、スーリャはヤギたちに水を飲ませていました。
すると水面がキラキラして、
「ぼくたち先に行ってるねー」
と、言ったように聞こえました。
「小川は町に繋がっている」
若者は下流を見つめます。
その夜スーリャはお父さんに言いました。
「僕は町に行きたい。さがしものがあるんだ」
「いいよ、行っておいで」
お父さんは何も聞かずににっこりしました。
自分も息子と同じ年ごろに、町に出たのを思い出したからです。
スーリャはまず、小さな部屋と、朝早くできる仕事を探しました。
そして午後から開く学校に行って勉強をします。
学校には本がたくさんあって、さがしものが見つかったと思うと、また次の知りたいことが出てくるのでした。
朝も昼も夕も、町から北を見上げるとダウラギリの峰が白く輝きます。
「ああ、お父さんが見ていてくれる」
スーリャはホッとして勉強を続けることができました。
若者は一年間町で暮らし、知らなかったことをたくさん覚えました。
お父さんへのおみやげに頑丈な登山靴を買い、たくさんできた友達に手を振ってお別れを言います。
そして山の小道をずんずん上がると、懐かしい小屋の戸を叩いたのでした。
お父さんは、送り出してくれたときより少し年寄りに見えましたが、嬉しそうに笑いました。
一週間ヤギの仕事をしたその夜に、スーリャはお父さんに相談を持ちかけました。
「友達がイギリスという国に行くんだ……」
「おまえも行きたいのかい?」
お父さんの声はとっても静かでした。
山の夜の空気はしんと冷たくて、音も小屋の外に出ていこうとしません。
大声を出す必要はないのです。
「行ったらお金がもうかって、お父さんのこの家も建て替えてあげられるよ?」
スーリャは冒険者になったような気持ちで語りました。
お父さんは、「おまえがいなくなったら、立派な家など要らないよ」と思いましたが口には出しませんでした。
代わりに、
「兵隊になるんだろう?」
と問いました。
「うん。軍隊にスカウトされたんだ……」
血は争えないものだとお父さんは思いました。
自分も若い頃イギリスの軍隊で働いたからです。
目の前で笑っている息子は、自分が帰国してから遅くに授かったのでした。
「心根の優しいお前に軍が務まるかどうか……」
自分と同じように傷ついて帰ってくるのではないかとお父さんは心配します。
「試験は簡単だったよ? お父さんに英語習っておいてよかった」
父親は、「なら教えなきゃよかった」と後悔しました。
山に引きこもってヤギを飼っていても、自分で道を見つけ、息子は独り立ちしていくのでしょう。
「もっと遠くに行かないと、僕のさがしものは見つからないみたい……」
「わかった……気を付けて行きなさい。自分は『ダウラギリの子供』であることを忘れないように」
「はい、お父さん……」
スーリャは夜具に包まってから首を傾げます。
「お父さんはいつも『ダウラギリの子供』って言うけどどういうことだろう? ここの土地出身ってことかな?」
お父さんは息子に隠しごとばかり。
スーリャは血筋としては、ダウラギリ王家の王子様なのです。
ダウラギリ国は、スーリャのお祖父さんの代に今の国の一部になり、お父さんは王様にはなりませんでした。その代わりに、イギリスでの暮らしを体験したのでした。
二日とたたず、出発の日。
山を下り町から首都へ小型飛行機。そこから大型ジェット機で一路イギリスへ。丸一日かかる大旅行の幕開けです。
独りで初めて飛行機に乗ることになるのに、小屋の戸口で「行ってきます」と言ったスーリャの背筋はすっと伸びて堂々としていました。
「なんときれいに立つ男だろう?」
お父さんは自分の息子の姿にほれぼれしてしまいます。
「これが見納めになるかもしれない」と胸の中では思いながらも、
「頑張るんだよ」
と笑いかけて、スーリャを見送りました。
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