第15話 勇者と怨念(クロム)と新たな気持ち

 その場に膝をつく。痛みというよりは脱力感のほうが強い。しかし、この情けない姿を外来種に見せるわけにはいかない。なんとか刀を支えによろよろと立ち上がる。

「さ、騒ぐな、かすり傷だ。外来種、貴様は自分の役割を果たせ」

「いやだってクー、かすり傷って……どう見ても直撃してる」

「安心するがいい……この体は仮初だ……我は貴様の弱点である女ではない」

 サラ様、申し訳ありません。緊急事態故、正体を少し明かしてしまいました。

今、外来種の精神に余計な負担をかけることは得策ではない。少しでも安心させてやらねば。ただ、あのブレスでもう一度体を貫かれたら我は消えてしまうのは確実であろう。

「クー……違う、今は考えろ。なぜクーの攻撃は別の方向に飛んでいく?遠距離攻撃のスキルも移動やワープ扱いになるのか?」

 それでいい。もっと考えろ。


「瘴気の風」

「ははは、無駄です」

 瘴気の風は相変わらず龍に当たらない。

「なぜあいつはあんなに余裕でいられる。当たらないことが分かっているのか?それとも当たっても効果がない?」

 我の行動からでもいい奴の弱点の見つけるのだ。

「瘴気の風」

 どうやらこちらもようやく満ちたようだ。

「捕らえたぞ。龍よ」

「なるほど、この階層のすべてに行き渡るように瘴気を送り込みましたか」

 龍の足元まで我の瘴気は漂い獲物を包み込まんとする。

「自身を憎め。自害せよ」

 しっかりと憎しみを与え増幅させた手応えを感じる。

「グオオオオオオオオオオオオオオオ」

 龍は自身の体に向けて先程の高威力なブレスを放った。

 自分自身を焼き払い怒りの咆哮か痛みに対しての悲鳴かわからぬ声を上げている。

 ふん、トカゲごときやはり我の敵ではなかった。もう2,3回自身を憎むようにすれば終わるであろう。だが、ここにきて最初の戦闘の時の経験から嫌な予感がする。


「やってくれましたね。正直ここまでダメージを受けるとは想定外です。脆弱なるものよ。今、あなたを敵として認めます。さあ名乗りなさい」

「何を言っている早く自害せよ」

 もう一度、憎しみを増幅させる。

「無駄ですよ。ワタクシは一度受けた精神汚染の類はすぐに耐性ができるスキル精神抗体をもっています」

 やはり耐性持ちであったか。最初の外来種の時も同じように対処された。嫌な予感は当たったか。

「さすがは龍種。化け物という言葉がよく似合う。貴様の言葉に従うのは癪だが、せっかくだ名乗ってやろう」

 我はさすがに打つ手がなくなってきている。あとは少しでも時間を稼いでやつに……

 何を考えているのだ我は。落ち着け、あんな奴にゆだねるな。

「我が名はクロム。人間であろうと魔物であろうと世界のバランスを崩す全てを断罪するものなり」


「クロム、私の全力をお見せしましょう」

 龍は先ほどとは違う高威力ブレスを我に放とうとしてくるのが分かる。溜め時間のようなものがあるのかやつの口の中でエネルギーが集まっていくのを感じる。

「あいつは一度、クーの攻撃で死にかけている。ということは当たる予定がなかった。そしてダンジョン内に設置された光源の石、こいつはさっきから光の強さや方角が変わるやつがある。そして瞬きなどの目を閉じる動作。不自然に回数が多い。クーが何度も攻撃してくれたおかげで事象解析スキルも発動した。これならやれるはずだ。いくぞクー!」

「貴様、ようやく何か掴んだのか」

「期待してくれたのか!ありがとよ!」

「ええいうるさい!期待などしていない!」

「俺が全体攻撃を放つ。そしたらクーは今出せる最大の一撃を奴に叩き込んでくれ」

 普通にやってもまた攻撃は外れるだろう。だが、外来種のあの自信に満ちた顔を見ているといける気がしてしまう。

「今は仕方なく!仕方なく!貴様の案に乗る」


 外来種の周りにエネルギーの小さな塊が無数に展開される。

「一斉掃射」

 そして無数のエネルギーの弾がこの階層にある光源の石に着弾し破壊していく。

「龍よ。お前は1つ大変な過ちを犯したな」

「……」

 龍は何も答えない。ブレスを放とうと必死なのかもしれない。

「俺たちの妨害をしていたのは粉だけじゃない。この階層を照らしてる石も原因だ。多分だが条件は粉を付着させた対象を石が照らすこと。粉は石が反応するように特定のスキルや行動に転移系のスキル効果を付与させる。感覚を狂わせているのではなくこれはそうなるように移動させているんだ。たぶんこの階層での転移は粉の効果なのか龍自身が自由に移動させられる。だから俺たちはこの階層から出ていない」


 なんと厄介な能力だ。というかこの外来種もおかしい。あれだけしかなかったヒントでなぜそこまで能力が分かる。いや[事象解析]スキルだと言っていたな。我の放った数回の攻撃だけで何が起こっているのかを解析できるとは相当レベルの高いスキルなのだろう。

「瞬きのタイミングで石の輝き方に変化があったのはたぶん効果維持のための条件。自身の力について知らなきゃここまでの芸当はできない。だからお前が最初に言った自身の能力を把握していないと言ったことや思っていることとは別の似た行動を行わせる効果……あれは、嘘だな!」

 龍の口に集まったエネルギーが霧散して消えていく。力が弱まっていくのを感じる。

 この弱体化の意味を我は知っている。たしか鈴の村のアリューが言っていた。龍種は嘘を見破られると代償があると。

「いまだ!クー!」

 シンが叫ぶ。今なら石も消え奴も弱体化している。これ以上のチャンスはない。

「一閃」

 シンプルにして最強のスキル[一閃]。これは我の力をすべて一太刀に込めることができる。速さや威力はその者の力によって差が出る。我の力の限りを込めた一太刀が龍の体を通る。光がなくとも我の目にははっきりとわかる。

「お見事」

 龍は賞賛の言葉と同時に崩れ落ちる音がした。見た目は全く傷つけていない。しかし、龍の命はそこにはない。その姿は霧散し最後には紅玉と謎の魔法陣のようなものだけが残った。


「やったなクー!」

 無防備な笑顔で我に抱き着いてくる。なんとか再生させた女の華奢な体のせいかどうにも力が入らない。体を預けてしまうのも仕方ない。

「ふん、貴様もなかなかだったぞ」

 なぜだ。こやつに抱き着かれると体の奥底から暖かいものが沸いてくる。この間までは近づいてくるだけで殺意が沸いていたのになぜなのだ。

「貴様じゃなくてシン。そう呼んでくれないか」

 真剣なまなざしでこっちを見てくる。その目に今は逆らえない。し、しかたない。

「シン……よかったぞ」

 名前を呼んだだけなのにすごく体が熱い。

「おう、ありがとな……なんか、顔赤いぞクー」

 なぜだ、名前を呼ばれるだけでぞわぞわする。シンの顔も若干赤い気がする。

「き、きのせいだ」

「それに抱き着いてるのに突き放さないでちゃんと会話もしてくれる」

 うれしそうな顔をされるとぽっかりと空いている何かを満たされるような感覚がある。

「うるさい!そんなことより転送の仕掛けはどこなのだ」

「いやさ、紅玉と回復の魔法陣以外なんもねーんだけど?」

 回復の魔法陣の光が辺りを照らしているため多少周りを確認できる。

「ということはここから上を目指さねばならぬというのか……」

「まあ気を落すなって。とりあえず上目指そうぜ!」

 シンの顔を見ていたら少しばかり心に温かいものが……いや、気のせいだ。回復したら直ちに上を目指さねば。先ほどから通信がうまくいかない。サラ様が心配だ。急がねば。


「んじゃ、運びますか。お、軽いなあクー」

「ふにゅっ」

 我を両腕で軽々ともちあげる。思わず変な声が出てしまった。

「わりい、変なとこ触っちゃったか?」

「いや、そうではなく……」

 顔が近い。それに全身をシンに預けているこの感覚。不安になるはずなのに安心感がある。

「さて、ついたぞー」

 どうやら我を回復の魔法陣まで運ぶためにやったことのようだ。ここにいるとだんだんと力が戻るのを感じる。

「もうよい。放せ」

 体力が回復しシンの両腕から逃れた。あのままずっとあの状態だと我がもたない。

「ん?」

 回復したはずの体に違和感がある。いつもなら煮えたぎるような感情が我からあふれ出てくるはずなのに今はそれがない。ああ、なるほど[瘴気の風]を使いすぎたせいだ。我の怨念がほとんど残っていない。しかも周りに散った怨念たちはすでに消えてしまって回収できそうにない。これは天界からの補助か自然回復を待つしかないようだ。


「クー?」

 我が考え事をしているとシンが心配してきた。

「気にするな些細なことだ。それよりも今後の方針についてだ」

「さっきみたいに上との連絡はとれるか?」

「何度か試したが無理だった。どうやら切断されているらしい」

「上との連絡も取れない。龍の下にあったのは転送陣じゃなく、回復の魔法陣だった。これは地道に上るしかないな」

 時間がかかるはずなのに我はなぜか喜びに近い感情を抱いている。

「そ、そうだな。慎重にゆっくり上っていこう」

「少し休んだら98階層見に行こうか」

 まったくシンめ、ゆっくりといったのに。まあいい今後の方針が決まったのだ。サラ様待っていてください必ずや使命を……地上に戻り合流したいと思います。 



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