第11話 天使の休暇(スローライフ)の終わりと新たな指令
あれから一カ月が経ちました。土がつかないように汗をぬぐう私の姿は今では立派なビニール菜園の主です。
まって、違います。一カ月前に天界から受けた指令は待機。そうです。やることがないのです。
「なら帰らせてくださいよ!」
誰に聞こえるでもない天にむかって空しく叫んでいました。
「サラ様、そろそろこちらの野菜は収穫時期かと」
「そうですねクロムさん」
あなたも随分とこの村に染まってきましたね。あの結婚式の後、私たちは幸太郎さんの家に連れて行かれました。そこには村長の仕事内容というなの引継ぎマニュアルが置いてあり、心の中でめちゃくちゃ文句言いながらも律義に読みました。
そして、村長としての生活が幕を開けたのです。皆さんとある程度仲良くなっていたのとやる内容がビニールハウス、村の人とのコミュニケーションの2つくらいだったので何とかなりました。子供たちと遊んだりするのはもはや慣れてしまいましたし、青年団の皆さんや婦人会の皆さんにもよくしてもらっています。畑のお年寄りの皆さんは挨拶に行く度にいろいろな野菜をくださいます。アニスさんとはたまにお料理をするのですが、やはり幸太郎さんがいないので最初は少し元気がなかったです。でも最近は、二人で作る料理の時間を楽しんでくれているみたいでうれしそうな表情を見せてくれるようになりました。
あとは、村はずれの洞窟に住むアリューさんですが活動しすぎたとかでしばらく眠っているみたいです。私はほとんどの時間、教会でシスターのまねごとをしているだけですし、ある意味で平穏なこの時間は私が求めていたものに近いのかもしれません。そんな油断をしていたのがいけなかったのでしょうか。その日は唐突に来てしまいました。私が心の奥底に常々感じていた不安の種が芽を出し始めたのです。
「サラ様、天界より指令です」
「はあ、ついにですか。わかりました」
クロムさんから紙を受け取ります。
サラ、元気でやっていますか?やっていますね。知っていますよ。毎日眺めていますから。それにしても素晴らしい仕事ぶりではないですか。ビニールハウスのことではないですよ。あなたは二人の転移者を無事元の世界へ送り届けてくれたことです。その活躍を他の女神達に自慢してしまったくらいです。後でご褒美をあげましょう。
さて、このメッセージを送ったのは他でもありません。3人目のターゲットが決まりましたよ!っじゃん!大道 進(たいどう しん)です。
彼のことは既に知っているかもしれませんが軽く説明するとこの大陸を魔王より救った勇者です。なんと滞在日数は1500日になります。彼に関する情報ですが、一見、弱点はないと思ってしまうほどの無敵っぽい男です。しかし、女性を傷つけることが嫌いみたいですね。日本にいたころからその手のことで散々生きづらい想いをしていたようね。あと今の彼に関してのとっておきの情報!実は彼、今まさに弱っているのでチャンスです。なんとこの村から王都方面へ行ったところにある大樹の下の隠しダンジョンで疲弊しながらも帰還しようとしているところなのです。叩くなら今!推定2日くらいで出口にたどり着くと思うので頑張っていきましょう。
あとさっき言ったご褒美ね。困ったら頼りなさいな。
王都勤務 酒場:解除コード18782 武器屋:解除コード8996
なるほど、それは新鮮な情報です。鮮度良すぎて腐らせそうです。解除コードの方はありがたいのですが王都にでも行かないと出番なさそうですね。
「クロムさん出発の準備を」
休暇は終わりのようです。切り替えていきましょう。
「了解です」
「あとダイモンさんに村長代理をお願いしていきます」
外出するときは村長さんの代理をダイモンさんがしてくれるそうです。幸太郎さんの時から時々あったみたいなので私も有効活用させてもらいましょう。
「大樹のダンジョンの位置はクロムさんわかりますか?」
「もちろんでございます」
「頼もしい限りです」
ダイモンさんに諸々をなげつけ私たちは大樹の下の洞窟へ向かいました。
クロムさんが黒い馬のような形になりました。あれ?でも私クロムさんがシスター服になったものを着ているのですが?
「では、まいりましょう。服のことを気になされているのなら心配ご無用です。私の体の一部を切り離し服にしていますので」
更にこのように服を通して視界共有や思考を飛ばしての会話もできます。クロムさんの声が布越しに伝わってきます。
「便利ですね。あ、そういえばクロムさんって性別はあるのですか?」
「いえ、ありません」
「じゃあ、女性になれたりもしますか?」
「もちろんです。姿を指定していただければその形になれます」
「ああー姿はお任せします。なるべく男性の好みそうなのがいいのですがいけますか?」
「お任せを。以前、青年団の会合で理想の女性についての話しを盗み聞きしておりましたのでそれを参考にします」
私も聞いていました。胸の話のあたりで少し機嫌が悪くなった気もしますが、今はいいでしょう。
半日ほどで例の隠しダンジョンに到着です。入り口は大樹の根を潜りその奥にありました。これは確かに見つけづらいですね。さて、結構余裕をもって到着しました。
「クロムさんお疲れのところ悪いのですが先程の女性の姿になっていただけますか」
「かしこまりました」
クロムさんは霧の状態に戻り、再び人型の形になります。整った顔立ちのすらりとした印象を与える女の人。しかし、女性的な魅力をしっかりと兼ね備えているからだ、それは誰が見ても美人という他ない容姿でした。こちらに近づいてくる時に腰まで伸びた髪がさらりとたゆたう感じなんかは同性の私でもおもわずどぎまぎしてしまいました。
「きれいです……」
「サラ様?」
「あっ、ひゃい?」
覗き込むようにして私を見るクロムさん。ち、ちかいです。私もいつかああいう女性になりたいみたいなこと考えている場合ではないです。
「我はこの姿になって何をすればよろしいのでしょうか?」
「とりあえずその姿で勇者シンと対峙します」
「なるほど油断したところを一気に殺るわけですね」
にっこりとほほ笑む美人、しかしその言動にいつものクロムさんを見つけ少し安心しました。
「殺しませんよ。強制送還(クーリングオフ)です。あとクロムさんはその状態を絶対に解かないようにお願いします」
「それはまたなぜでしょうか?」
「シンさんは女性に弱い、でもクロムさんが女性でないとわかったらこっちの有利が消えてしまいます」
「たとえやつの全力でも我が後れを取ることは」
「満身創痍であっても彼はこの大陸を統べる魔王を退治した男ですよ。それに一人ではなくパーティで来ている可能性もあります」
クロムさんの慢心フラグを早めにへし折ります。
「この姿を維持すること承知いたしました。では、今のうちにこの姿にあった武器を作っておきます」
するとクロムさんの腰に黒い刀が装備されました。
「ふむ、こんなところでしょうか」
「かっこいいですね。ところで腕前のほどは?」
「この武器も私の体の一部を変えただけですので自分の体を動かしている感覚と何ら違いなく扱えます」
「素晴らしいですね。さて、ここで出てくる勇者たちを待つかこちらから迎えに行くかですが」
「こちらからいきましょう」
「ひゃい」
なんで手を不意打ち気味に握ってくるのですか。びっくりしました。
霧の状態じゃないクロムさんの提案はなんだか断りづらいです。でも自信満々みたいですし何か策があるのかもしれません。プロフェッショナルを今度こそ信じてみるのも悪くないのではと心の中で言い訳をし彼女(クロムさん)の提案を受け入れました。
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