第6話 野菜ジュースと龍の逆鱗
ノックをすると民家から顔を出したのは、無表情の女の子でした。髪は青く長くも短くもないロブといった感じで、容姿は13歳とか14歳くらいですかね。しかし、それも一瞬で幸太郎さんを見るや無表情の中に少しだけ色が入り始めました。
「アニス、いつもの調合を頼めるかい」
「わかった、いつも通り中にもの入れて……そこの子は誰?」
彼女の視線が後ろにいた私へと移ります。
「紹介するね。この村に教会を建てるもしれないシスターのサラさんだ」
「サラ・クラークです。よろしくお願いします」
「アニス、コータローの妹」
簡素に挨拶を済ませ中へと案内されました。ツッコミどころはあります。しかし、幸太郎さんが否定せずニコニコ顔なことと、このアニスさんの声が少しうれしそうなので触れないことにしました。これはもう攻略済みですかね。
家の中は独特の薬品の匂いと瓶詰にされた謎の液体たちがお出迎え。そしてさらに奥へ進むと大きな調合用の釜がありました。手慣れた様子でぐつぐつと謎の液体が煮える釜の中へ先程収穫した野菜たちをドボドボと放り込んでいく幸太郎さんとアニスさん。
そして、入れ終わった釜をかき混ぜ呪文のようなものを唱えるアニスさん。青色に染まったそれを小瓶に詰めていきます。気になったので、あの謎の物体の情報をステータス開示します。
先程、あの不気味な色の食材を食べなければ手に入らなかった力がなんとこれ一本で得られるではないですか。しかも劣化もしていないし携帯できるうえに摂取が容易。
「ああっとごめん。説明していなかったね。これさっきの野菜を凝縮して作った野菜ジュースなんだ。いやあここまで完成するのにずいぶん時間が掛ったものだよ」
「私とコータローの愛の結晶」
アニスさんがうれしそうに言います。
「oh……ベジタボォ……」
思わずビューティフォーみたいに言ってしまいました。
「ふふふ、サラさんもベジタブルを感じ取ったようだね」
この人、野菜のことになると多少性格変わりますよね?
「はい、十二分に伝わりましたが、こんな大事な技術を私なんかに見せてよかったのですか」
「気にしないで。言ったでしょ。僕は君を勝手に信用してるって」
人懐っこい笑顔でそんなことを言ってきました。
「ありがとうございます」
なるほど、こやつはこういう感じで次々に被害者を増やしていったのか。私には効かないですが。本人も無自覚でやっているっぽいのが立ち悪いですね。
「さて、調合も終わったしシンのとこに行こうか」
シンさんは今回ターゲットではないのであまり関わりたくないのですが、話の流れ的に断れないのです。いきましょう。
「早えな!いやあ助かる。これからダンジョン探索だからなるべく備えが欲しくってよ」
「世界を救った勇者の頼みだ。協力は惜しまないさ。まあお金はもらうんだけどね」
村の外れで謎の鍛錬をしていたシンさんを発見したので声をかけたのですが、何の鍛錬をしたらシンさんを中心としたクレーターが出来上がるのか。
「そういやアンタ・・・・・・物騒な魔力と神聖な力の両方を感じるんだが何者だ?」
感覚が鋭すぎる。この人たち相手に私は手のうちを隠せる気がしない。
「それはね、彼女がアルリス教のシスターで旅の服に魔物と同じ魔力を纏わせ魔物に感づかれないようにしているからだそうだよ」
「ああー特注品なのか。どうりで俺の仲間のシスターと微妙に服が違うわけだ」
あぶない。ぎりぎりの綱渡り。いつ正体がばれてもおかしくないですねこれ。
「さて、貰うもん貰ったしいっちょ冒険に行ってきますか」
「行ってらっしゃい。いいもの見つかるといいね」
「なあ幸太郎……いやなんでもねえ。お前もいろいろ気をつけろよ。あとそこのシスター、またな!」
この人は何かを確信してその言葉を私に向けているのですかね。勘弁してください。
「また会うこともあるかもしれませんね。すべては女神様のお導きのままに」
嘘は言っていません。あのくそ上司(女神様)の指令1つであなたと私は望まぬ再開を果たすことでしょう。
シンさんはニカッとした笑顔でどこかへ転移していきました。あれは行ったことのある町などに行けるスキル[返送]ですね。
「せっかくここまできたから紹介しないとね」
と言って幸太郎さんは私を村はずれのかなり大きめの入り口が特徴的な洞窟へ案内してくれました。
「洞窟……何があるんですかここに?」
「僕の友達を紹介しようと思って、でておいでーアリュー」
ドスドスと音を立て中から出てきたのは立派な翼に獰猛な爪、破壊を象徴する漆黒のドラゴンさんでした。
「どうしたコータロー、ついにわらわと盟友の契りを交わしに来たのか」
「いやいやいやいや、今日は村に来た新しい人の紹介だよ。一応言っておかないと間違えて排除しちゃうでしょ」
アルリス様ああああ!さすがにこれは書いておくべきでしょう……ドラゴンって、
ドラゴンってなんですか。この世界で最強の種族の一角じゃないですか。さっきからステータスを見せてもらっていますがいろいろおかしいです。スキルの数も相当あるしそのどれもが有能なものばかり。決して敵に回したくないです。
「お、そこの小娘か。ふむふむなるほど。コータロー、まーた口説いたのか」
「違うからね!」
ドラゴンさんこちらに興味が向いたようです。
「初めまして、サラ・……です」
クラークまでつけるとアリューさんの嘘を見破るスキル[龍の逆鱗]に引っかかりそうなので。
「わらわはアリュー、漆黒の龍アリューだ。聞いたことくらいあろう?」
得意げな顔で言ってくるアリューさん。
「……すいません……存じ上げないですね……」
[龍の逆鱗]の発動が怖くて迂闊に虚言を混ぜられないのです。
「そうか……なんか、有名龍ってみんなが言うから少し調子乗ってしまったようだ……その……すまん……ただのアリューじゃ」
すごいテンション下がっています。というか初対面でこの空気、気まずい。せめて事前情報を用意してくれる有能な上司がいれば……。
「その、私の方こそすいません。あまり人のいない場所から来たもので無知なんです」
「そ、そうかそれならば仕方ないな。うむ、そういうことにしようではないか!」
「いやあ、二人ともさっそく打ち解けているみたいでよかったよ」
幸太郎さんにはこの綱渡りの会話が和気藹々としたストレスフリーなトークに聞こえたのでしょうか?天界にある良い耳鼻科(機械化)を紹介してあげましょう。きっとドリルで通気性の良い穴をあけてくれるでしょう。
「とりあえず挨拶はできたし村に戻ろうか。アリューも来るなら人間の姿になってね」
「いや、わらわはこの気遣いのできる小娘、サラと少し話していくからお前は一人先に戻っておれ」
「え?」
私が間抜けな声を上げアリューさんの発言の意図を考えている間に幸太郎さんは私を残して去っていきました……。
「さてサラよ。本題に入ろう」
切り出したアリューさんは人間の女性の姿に形を変えていました。服装はこの間、天界で読んだ漫画の和服というのがとても近い気がします。髪を右側の肩のあたりでまとめて軽く結っているところに色気のようなものを感じます。
「は、はい」
変に考察が捗ってしまいました。
「おぬしは天界の者だな」
「……」
アリューさんはなんでもない事のように私の正体を言ってくれました。ばれましたばれましたどうしましょうどうしましょう。いやもう仕方ないです。今後に活かすため原因だけでも考えてみますか。
「近場で私が召喚された時に感知系のスキルにかかりましたか?」
「確信はなかったのだが、直接会って臭いと懐かしき力の使用を肌で感じたのでな」
ステータス開示には多少天界の力を使用するのですが、並の天使でも全く気付かないのにそれを肌で感じ取れるとは何もんですかこの龍。イレギュラーすぎます。
もう無理ですおうち(天界)帰らせてください。
「それでのうサラ、おぬしは何をしにこの地上に来たのか教えてくれぬか?」
龍の瞳はすべてを見透かすかのようにこちらへ向けられました。嘘はつけない。正体もばれてる。残ったのは目的だけ。完璧な流れですね。これは詰みというやつではないですか?
「私は世界のバランスを守るためにここに来ました」
彼女の瞳を真っ向から受け止める。とにかくこの場で必要なものは曖昧さだ。しかし、嘘はついてはいけない。
「女神さまは仰いました。地上のバランスが崩れていると、だから私を使わせたのです」
薄く延ばすように言葉を紡ぐのです。
「私は見定めなければならないのです。この世界で起きている問題を。しかし天界の者がいると世界の人間に認知されることで与える影響も計り知れません。それでは本末転倒です。なので、正体を隠しこの地上へやって来たわけです」
「おぬしすごいな。よくもまあそこまで口が回る。核心部へ至らせないためあらゆる方向に話を逸らせる用意がおぬしの言葉から感じられた」
この龍もういやです。どうして私の言葉の触れられたくない部分を読み取るのか。
「そしておぬしは今、私が何のために来た?と再び問いかけても別の答えを用意しているな」
「すみません。女神様より下された指令をこの世界の者に教えることは、これもまた世界への悪い影響に当たるかもしれないので控えさせていただいております」
「わらわの言葉とスキルではあと一手足りないか。思ったよりも楽しめたぞサラ。大変満足した」
「そ、それはよかったです」
「では村へと行こうか。ふふ、安心せい。おぬしのことは皆に黙っておく。龍は嘘を見破ることはできる代わりに嘘をつくことができぬ。正確には嘘はつけるが見破られると手痛い罰を受けるのでな」
それっきりアリューさんはこの話題について追及してきませんでした。龍は嘘をつきそれが相手に見破られるとデメリットが発生する。確かにアリューさんのスキル[龍の逆鱗]のデメリットに書かれていました。とりあえず少しだけ安堵しつつ村へ向かいました。
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