第50話 二回目のファンメッセージ(3)

僕はハルノートの最初のページを開いた。


これを屋上に忘れた時から全てが始まったんだ。


パラパラとページめくる。

僕の希望を込めて書き直したラストシーンを彼女は読んでくれただろうか。


彼女が書いてくれたスズメのサイン。

思わず笑いが漏れる。

やっぱりどう見てもペンギンだ。


最後のページを開いたところで手が止まった。

そこにまだ見ていない新しいメッセージが綴られていた。


それはまぎれもなく彼女のものだった。

彼女が僕にメッシージを残してくれたんだ。


ところどころの崩れた文字あった。

痛みがあったのか、もしくは手に力が入らなかったのか。

懸命に書いてくれたことが嫌でも分かり、胸がきゅっと締め付けられた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



ハルくんへ


ハルくんにはずっとお手紙書きたかったんだ


君には伝えたかったことがたくさんあるんの

だからこのハルノートちょっと貸して下さい


まず最初に手術のこと言わなくてごめんね

知らなかったみたいだから言えなかった

怒らないでね


一緒に授業を抜け出して海に行ったよね


真面目な君が私のために一緒に学校をサボってくれた

ハルくんが私の手を引いて電車に乗ってくれた時

驚いたけどすごく嬉しかった


ありがとう

あの日のことは私の一生の想い出だよ 


君は私のことを羨ましいって言ってたよね

人見知りをせず、誰とでも友達になれるとか

実は私はすごく内気で気が弱い女の子なんだ


私は生まれつき心臓が悪くて

学校にも行けない日が多かったから

子供のころから人見知りがすごかったんだ


友達と話すことがとても怖くて

人の顔はいつもまともに見られなくて


でも高校に入ってから自分を変えた


友達をたくさん作りたかった


でも人から嫌われるのが怖くて

懸命に別の自分を作ってた


人に話を合わせて無理して笑ったり

私も君と同じで不器用だったから大変だったな


でもハルくんと一緒いる時は違った


心から笑えた

いつも自然の私でいられた

本当の私になれた


ハルくんと出逢えたのはやっぱり

“運命”なんだって思うんだ


私は生まれつき心臓の病気を持っていて

神様って残酷だなとか思ってた


でもそのおかげで君とクラスメイトになれた

だから私は病気のことを全然恨んでないんだ


いつだったか

君らしい君ってどういうことか

訊いてきたことがあったよね


それ教えてあげる


君は内気で気が弱くて

とっても不器用だけど


いつも一生懸命で

誰にでも優しい人


私はそんなハルくんに憧れてた


でも君とは恋人にはなれないのはわかってた

だから私はせめて君の心の中に残りたかったんだ


もし私がいなくなっても

私のこと、覚えていてくれる?


ハルくんのことをいつも想っていた私のことを


心の片隅でいいから

置いといてくれたら嬉しいな


私はそれで幸せだよ


こんな私を好きだって言ってくれてありがとう


一緒にいてくれてありがとう


これからもずっと今のままのハルくんでいてね



                   涼 芽


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




遺書のようなメッセージだった。


僕の頭に怒りが込み上げた。

手術が終わって目を覚ましたらすぐに怒鳴りつけてやろう。


結局僕は彼女に何をしてあげられたのだろう。


もっと前から・・・。

もっとずっと前から話を聞いてあげればよかった。

もっと前から一緒にいてあげればよかった。


もっと一緒にいたかった。


どれくらいの時間が経っただろうか。

公園にある大きな時計は六時をまわっていた。


携帯の画面を見る。

でも新しい着信メッセージは無かった。


手術はまだ終わらないのだろうか?

心の中の不安な気持ちが膨れ上がる。


ベンチでずっと動かなかったせいだろうか、腰に感覚が無かった。

どうも痺れたようだ。


いつの間にかまわりには春の湿った空気が漂っていた。


ポツリと頭の上に何かが落ちた。

また花びらだろうか? 


空を見上げた。

違う。雨だ。

そう言えば天気予報は午後から雨だった。


ヤバい。

どこかで雨宿りしないと。

そう思って立ち上がった時、ジャケットのポケットに入れていた携帯がコトンと音をたてて、ベンチの上に落ちた。


それを拾おうとしたその時、バイブになっていた携帯が木製のベンチに共鳴して震えた。


 ――メール? 手術が終わった?


僕ははやる気持ちを抑えながら携帯の画面を開いた。

やはりメールの送り主は彼女のお母さんだ。


心臓が抉られるように苦しくなる。

僕は祈りながらメールの開封ボタンを押した。

その液晶画面に表示された文字を見る。


そして僕の目に映るものは全て真っ白になった。


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