第49話 二回目のファンメッセージ(2)

「あの子はね・・・実は中学の時まではすごく内気で、気が弱くて、引っ込み思案で、それは大変だったのよ」


確かにそれは前に彼女本人から聞いたことがある。

でもそれは謙遜か冗談かと思っていた。


「あの子は小さい時から病院の入退院を繰り返していたから、学校でもなかなか友達ができなかったのね。中学に上がった時は少しクラスにお友達ができたのだけれど、中学二年の時に大きな手術をしてね。一年間の内、ほとんどが入院生活だったからその年は進級できなかったの。だからせっかくできたクラスの友達とも離れ離れになってしまって、それも大きかったかな。それからはますます引っ込み思案になってしまったの」


僕はその話に棒で殴られたようなショックを受けた。


進級できなかったのは病気のせいだったんだ。

彼女がグレてただなんていう噂を信じていた自分の愚かさが情けなかった。


『病気になったから君に出逢えたんだよ』


彼女のその言葉を思い出した。


そういうことだったんだ。

僕はその意味をやっと理解した。


その後もお母さんは彼女の中学時代の話を聞かせてくれた。


二回目の中学二年生の時は一コ下の学校の友達とはあまり馴染めなかったこと。

そしてしばらく学校に行けなくなってしまった時期があったこと。


「でも高校に入ってからは性格がすごく変わってね。いや、懸命に自分を変えたんだと思う。とっても明るく、積極的になって、友達もたくさん作るようになって」


「はい。本当に彼女は太陽のように明るくて、僕はとても羨ましかったです」


「男の子にもけっこう人気あったのよ」


お母さんはハッとしたように慌てて声を止めた。


「あ、ごめんなさい、私ったら。こんな話、聞くのは嫌よね?」

「いえ大丈夫です。彼女、確かに男子からも人気ありましたよ」


僕は思わず苦笑いをした。


「よかった。でもあの子、男の子を好きになるってことがよく分からなかったみたいなの。精神的に成長が遅かったのかしらね」


お母さんはそう言いながら目を細めて笑った。


「そんな時にあの子が私に訊いてきたことがあったの。

『人を好きになるってどういうこと?』ってね。

その時は私、なんて言ったかなあ・・・・・。

そう、確か『一緒にいて自然でいれる人。本当の自分を出せる人』

そんなふうに言ったのかな。

そしてある日ね、あの子が『隣のクラスにおもしろい男の子がいるんだ』

って話してくれたの。

そんなこと言うのはとってもめずらしいことだったから『どんな人?』って訊いたら『馬鹿にみたいに正直で嘘がつけない人』って言ってね」


馬鹿って? まさか、それって僕のこと?


「冴木君と家で初めて会った日、あなたがその人だってすぐに分かったわ。あの時は笑っちゃってごめんなさいね。あまりにも涼芽の言う通りの人だったから思わず・・・・・」


そうだ。確かにあの時はお母さんにかなり笑われたことを覚えている。

でも、にわかには信じられない話だった。


彼女が前から僕のことを想ってくれていた?


「いけない。あなたに大切なものを渡すのを忘れてたわ」


お母さんは思い出したように持っていたトートバックの中からひとつの包みを取り出した。


「涼芽から頼まれてたの。これをあなたに返して欲しいって」


僕は思わず息を呑んだ。

それは彼女に貸したハルノートだった。



「これを・・・僕に?」


「『私が死ぬ前に彼に渡してね』って言うから怒ってやったわよ。

冗談でも言わないでって」


僕はお母さんからハルノートを受け取った。


彼女は夕べこれを読んでくれたんだろうか。


「冴木君。今日は本当に来てくれてありがとう。でも、手術は午後までかかると思うから今日はもう帰ってくれる? 手術が終わったらすぐ連絡するから」


本当は帰りたくなかった。

でも家族でもない僕がずっとここで待たせてもらうことはできないことも分かっていた。


僕は素直にはいと返事をした。


病棟を出て空を見上げた。

薄らと雲がかかるものの、とても日差しが暖かかった。


ここの病院のまわりは公園になっていて、近所の人たちの散歩ルートになっているようだ。

ジョギングをしている人もいる。


僕は公園内の小道の脇にある木製のベンチにゆっくりと腰をかけた。


僕は彼女の手術をここで待つことにした。

連絡が来たらすぐに彼女に会いたかったし、何よりも彼女のそばにいたかった。


春を匂わせる少し強めの風がとても心地いい。

時間が止まっているような感じがした。


頭の上にポツリと何かが落ちた。

手に取ると薄いピンク色をした桜の花びらだった。


公園のあちらこちらに植えられた桜の花は少しずつ散り始めていた。


もう桜の季節も終わりのようだ。

そういえば今年は落ち着いて桜を見ることもなかった。


そっと瞼を閉じてみる。

彼女と出逢った時のことが瞼の裏に映し出される。


ほんの一か月前のことなのに、とても懐かしく感じた。


そういえば、僕はいつから彼女のことを好きになったのだろう。


リハーサルと称して初めて彼女とデートした日、僕は彼女の言葉にイラついて酷いことを言ってしまった。


あの時どうしてあんなにムキになって怒ったのか、今になってやっと理由が分かった気がする。


きっと僕はあの時、既に彼女に恋をしていたんだ。

だから僕の恋を応援してくれる彼女にイラついたんだろう。


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