第41話 麻生さんの想い(1)

放課後の部活も終わり、カバンを取りに教室に戻る。

窓からは眩しい夕日が差し込んでいた。


「冴木くん」


聞き覚えのある女の子の声に振り向く。

驚いたことに声の主は麻生さんだった。


話をするのはとても久しぶりだ。


麻生さんとはあのデートの日以来、ほとんど話をしていなかった。


友達になって欲しいって言ったのは僕のほうなのに、僕から話しかけることはなかった。


「今、帰り?」

「うん。さっき部活終わったんだ。麻生さんも?」


後ろめたい気持ちでいっぱいだったが、平然を装った。

僕は酷いヤツだ。


「あ・・・うん」


戸惑ったように口ごもっていた。

そう言えば麻生さんは部活に入ってたっけ?


「実は冴木くんのこと待ってたんだ」


 ――え?


 またなんの冗談だろうかと思った。


「今日の昼休み、屋上で武田君とお弁当食べてたでしょ? 何を話したの?」


どうやら武田君と一緒のところを見ていたらしい。


「いや、誘われたから一緒に昼ごはん食べただけで、特に何も・・・」

「そう・・・」

 

さすがに葵さんにフラれたことを話したなんて言えない。


麻生さんは何か言いたげな様子だったが、そのまま俯いて黙ってしまった。

僕が何か話しかけないと――そう思えば思うほど焦った。


「あの・・・元気だった?」


僕から切り出せるのはこの程度の会話だ。

もっと気の利いたことが言えないのか、僕は。


「うん。元気だよ。冴木くん、最初にデートした日から一回も誘ってくれなかったけどね」

「ごめん。僕、もう呆れて嫌われたかと思ったから」


「どうしてそんなこと思ったの?」

「あのデートの時、僕、酷かったしょ。緊張してろくに話ができなかったし、エスコートもできなかった。麻生さんもずっと黙ってたし・・・。全然楽しくなかったでしょ」


「ごめん。あの時は私も緊張しっぱなしで喋れなかったんだよ」

「え?」


僕はフッと気が抜けた。


「じゃあ、麻生さんが喋らなかったのはつまらなかったからじゃないの?」


麻生さんが照れるようにくすっと笑った。


「冴木くん、初めてのデートだったんでしょ。私もだよ。緊張するのは当たり前だよね」


よかった。ずっと呆れられてたと思っていた。

この時、麻生さんとの間にあった壁がすっと消えたように感じた。


僕は思い切ってハルノートのことを聞いてみることにした。

麻生さんがペン子さんなのか確かめるんだ。


僕はカバンからハルノートを取り出した。

そして、恐る恐る麻生さんにそれを見せた。


「麻生さん。このノート、見たことある・・・よね?」

「ううん。初めてだけど・・・」


あれ? 違った?


惚けてるようには見えなかった。

ということはペン子さんは麻生さんじゃなかったのか。


僕はがっかりしながらハルノートを仕舞おうとした。


「それ、見せてもらってもいい?」

「え?」


少し照れ臭かったがハルノートを麻生さんに渡した。

麻生さんがパラパラとハルノートをめくり始めた。


「これ、小説?」

「うん。僕が書いた小説なんだ。あまり・・・おもしろく・・・いや、全然・・おもしろくないと思うけど・・・」


僕は慌てて言い直した。


「冴木くん、すごいね。小説書けるの?」

「書けるなんて大袈裟なものじゃないよ。真似事程度だよ」


麻生さんはそのまましばらく読み続けてた。

読み進むにつれ、だんだんと麻生さんの顔色が変わってくる。


そんなにつまらなかっただろうか。

僕は急に恥ずかしくなった。


やっぱり見せなければよかったかな。

僕はちょっと後悔した。


最後のページで麻生さんの手が止まった。

何かをじっと見つめている。


しまった。その最後のページにはペン子さんが書いてくれたメッセージが書いてあるんだ。


「ごめん。そこに書いてあるメッセージ、このノートを拾ってくれた人が書いてくれたんだ。でもそれが誰だか分からなくて・・・」

「あの・・・」


麻生さんは驚いたような顔で僕を見た。


「このサイン、スズメちゃんのだよ」


 ――え?


僕は麻生さんが指したところを覗く。

それはメッセージの最後に書かれたペンギンのイラストだ。


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