第40話 武田君の想い

僕はその日以降も彼女の病院に行くことはなかった。

いや行けなかった。


そんな自分が情けなくて嫌になっていた。


教室の誰も座っていない彼女の席を見るたびに胸が苦しくなった。


やっぱり病院に行こうとも考えた。

でも彼女を前で自然に振舞える自信がなかった。

何を話せばいいのかも分からなかった。


僕は彼女に会ったら、きっと普通ではいられなくなる。

もしかしたら泣いてしまうかもしれない。


そんなことになったら彼女を余計に不安にさせ、悲しませてしまうだろう。

勇気付ける言葉をかける自信もない。

そう、僕には何もできない。


そんな自分がもどかしかった。


僕はあれから屋上に行くこともなくなり、昼休みは教室で一人でいることが多くなった。


「冴木!」


いつも“マジメ”と呼ばれ、苗字で呼ばれたことがあまりない僕は、誰を呼んでいるのか分からなかった。


「あれ? 冴木君・・・だったよね?」


午前中の授業が終わると同時に僕は声を掛けられた。

声の主は、武田君だった。


「ごめんね。そうだけど・・・」


「だよな。昼飯は弁当か? よかったら一緒に食わねえか。屋上で」 


 ――え?


思わぬ人からの昼の誘いに返事に戸惑った。


本当はひとりで落ち着いて食べるのが好きだったが、せっかくの誘いを断る勇気も無かった。

僕は弁当箱を、武田君は購買で買ったパンの袋を持って屋上へと向かった。


久しぶりに来る屋上はいつの間にか初夏のように暑かった。


屋上の柵の脇に二人で並んで腰かける。


こんなシーン学園ドラマでよく見るな。

そう思った。


僕は自分の弁当を広げ、武田君は購買で買ったパンを袋からひとつ取り出してかじり始めた。

なんとも気まずい・・・というか、落ち着かなかった。


武田君はパンを黙々とかじっていた。


僕に何か言いたいんじゃなかったのかな?


男二人で無言で食べ続けている姿はなんとも言えなかった。


「いつもひとりで昼飯食ってんのか?」


ようやく武田君が口を開いた。


「うん。僕、ひとりが気楽なんだ」


「ふーん・・・」


会話がそこで途切れる。


どうしよう。

僕も何か喋らないといけないかな?

でも何を話せばいいのか分からない。


「お前、スズメのこと、好きか?」

「え?」


武田君がストレートに問いかけてきた。

どうしてみんなこう唐突に話すのだろう。


そんなこと正直に答えられるはずがない。

僕は何も言えずに固まった。


「俺は好きだ」


あまりにもあっさりとした武田君の告白は気持ちがいいほど爽快感があった。


やっぱり武田君はすごい。

よく他人ひとにそういうことをさらっと言えるもんだ。


でも僕が彼女にフラれたことは知って言ってるのだろうか?


「実は俺たち、前に付き合ってたんだ」

「そ・・・そうなんだ」


聞いていた話だったが、僕は何も知らないフリをした。


「でも別れたんだ。俺が悪いんだけどさ。アイツの病気のこと受け止められなかった」


武田君も彼女の心臓の病気のことは知ってるようだ。


「でも今は後悔してるんだ」


武田君は何を言いたいんだろう?

こんな僕に恋愛相談ってこともないだろうに。


「どうしてそんなこと僕に話すの?」


武田君は俯きながら笑っていた。


「俺、もう一度付き合ってくれってあいつに言ったんだ。みんなでお見舞いに行った日」


やっぱりそうだったんだ。

分かっていたことなのに、改めてまたショックを受けた。


「でも、フラられたよ」

「え?」

「どうも別に好きなヤツがいるみたいだ」


それはかなり話が違う。

全然聞いていない話だ。


そしてそれは今の僕には追い打ちをかけるようなキツイ言葉だ。


そうか。彼女には別に好きな人がいたんだ。

武田君がフラれたんじゃ僕もフラれても仕方がない。


僕はショックだったのと同時にホッとしていた。


「実は僕もフラれたんだ、彼女に」


僕も正直に自分のことを話した。

それがフェアだと思ったから。


「やっぱりお前、あいつに告ったのか?」

「やっぱりって?」


武田君は驚いてはいるものの、想定していたような口ぶりだった。


「お前、スズメの心臓のこと、知ってるんだろ?」


僕は素直に頷いた。


「そうか・・・」


武田君はそのまま黙ってしまった。

結局、僕に何を言いたいのかが分からない。


「お前さ、みんなに“マジメ”って呼ばれてるけど、本当の名前は“ハジメ”でいいのか?」

「違うよ。始って書いて“ハル”って読むんだ」

武田君はそれを聞くとフッと軽く笑った。


「やっぱりな・・・」


やっぱりって何だ? 

それに何がおかしいんだろう?


「僕の名前がどうかした?」

「いや、変な読み方だなって思ってさ」


余計なお世話だ。

そう言いたかったけど、その通りだから何も言えない。


「親が捻くれててね」


すると、武田君は今度は吹き出すように笑い出した。


「ああ、すっきりした!」


そう言いながら両腕を上げて大きく背伸びをした。

一体何なんだろう? 

ますます武田君の考えていることが分からなくなった。


「ハル! スズメのこと、大事にしろよな」

「あの、だから僕、葵さんにフラれたんだよ」


「もう、スズメのこと、好きじゃなくなったのか?」


慌てるように僕は横に首を振った。

そんなことある筈ないじゃないか。


「じゃあ、もう一度自分の正直な気持ちを伝えろ」


いい加減にして欲しいという気持ちになった。

そんなことを言われても無理だ。

一度フラれた子にもう一度告白するようなずうずうしさを僕は持っていない。


「おーい。克也ここにいたのか。早くグランドいこうぜ!」


向こうで武田君を呼ぶ大きな声が聞こえた。

武田君の友達だろうか。二人組の男子が手を挙げてこちらを見ていた。


「おう、今行く!」


武田君はそれにも増す大きな声で返すと、すっと立ち上がった。


「じゃあなハル。また昼飯一緒に食おうぜ」


そう言うと武田君は友達にほうへと走っていった。

呼び捨てにされる名前が新鮮で心地よかった。


こういうのをクセが無いと言うのだろう。

やっぱり僕とは正反対の羨ましい性格だ。


でも、どうして武田君はあんなことを言ったんだろ

自分だって葵さんのことが好きなんだろうに。


もう一度自分の気持ちを伝えろ、だなんて無茶を言う。

彼女だって迷惑に思うに決まってる。


それに病気の彼女に僕にできることは何もない。

同情をしたって彼女が喜ぶとも思わない。


僕は半分も減っていない弁当の蓋をそのまま閉じた。

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