第42話 麻生さんの想い(2)

「葵さんの・・・・・サイン?」

「そうだよ。知らなかった? クラス内では有名なサインだよ」

「このペンギンが?」


「あ、これね、ペンギンじゃなくってスズメなんだって。こんな太ったスズメがいたら絶対飛べないよって言ったら、すごく怒られた」


じゃあ、ペン子さんは葵さんってこと? 

この小説を読んでくれて、小説を書き続けるように応援してくれたのもみんな彼女? 


「冴木くん、スズメちゃんのこと好きなんでしょ?」

唐突な突っ込みに僕は言葉に詰まった。


「どうしてそんなこと・・・・・」

「分かるよ。教室にいる時もスズメちゃんの席ばっかり見てるし・・・」


情けないな。そんなにバレバレだったんだ。


「ごめん」

「別にいいよ。私達、ちゃんと付き合っていたわけじゃないしね・・・」


麻生さんはバツが悪い感じで苦笑いをした。


「本当にごめん。でも実は僕、葵さんにはフラれたんだ」

「ええ?」


麻生さんは思いの外にびっくりしていた。


「ごめん。そんなに驚いた?」

「好きって言ったの? スズメちゃんに」

「ごめん」

「謝らなくてもいいよ。攻めるつもりもないし。でも、そしたらスズメちゃん、何て?」

「僕とは付き合えないって、そう言われちゃった」

麻生さんは首を横に振った。



「私のせいなの」


言っている意味が全然分からなかった。


「麻生さんのせいって、どういう意味?」


「スズメちゃんも冴木くんのことが好きなんだよ」

「え?」


その言葉に僕は驚くよりも笑ってしまった。


「それはないよ」


「スズメちゃんが付き合えないって言ったのは私のせいだよ」


お母さんといい、武田君といい、どうしてみんな意味の分からないことを言うのだろうか。


「どうして麻生さんのせいなの?」

僕がそう訊くと麻生さんは答えに困ったように俯いた。


「スズメちゃん、知ってたから・・・」

麻生さんは小さな声で呟くように言った。


「知ってたって・・・何を?」


麻生さんはまたしばらく黙り込んだ。


「私が冴木くんを好きだったっていうこと」


――え?


麻生さんの言葉がすぐに頭の中に入らなかった。


「麻生さん、何・・・言ってるの?」

「スズメちゃん、私が冴木くんのこと好きだって知ってたから・・・私の気持ちを知ってたから冴木くんとは付き合えないって言ったんだよ」


僕をからかっているのだろうか。

だとしたらかなり悪趣味だ。


でも彼女は冗談を言っているようには見えなかった。

まして麻生さんはそんな性格ではない。

僕の頭の中は混乱して整理がつかない。


「冴木くん、ずっと勘違いしてるよ」

「勘違いって・・・何を?」


「冴木くんが私に声を掛けてくれた日のこと、憶えてる?」

「もちろん。忘れもしない二月二十九日だよ。僕がなかなか告白の言葉を出せなかったから葵さんが僕に言ったんだよね。『言いたいこと言いなよ』って。葵さんに言われたから麻生さんに告白できたんだ」


「・・・・・違うよ」

「違うって・・・何が?」


「あれ、スズメちゃんは冴木くんに言ったんじゃないよ。私に言ったんだよ」

「麻生さんに? どうして?」

「あの日、私は冴木くんに告白しようとしてたんだよ」


僕の頭の中はさらにこんがらがる。


「ごめん。どういうこと?」


僕が告白した日に、麻生さんも僕に告白しようとしていたってこと?

そんな偶然があるものなのだろうか?


「でも冴木くんの目の前まで行ったら、私、何も言えなくなっちゃったんだ。だからそのまま素通りしちゃったんだよね」


確かに憶えている。

麻生さんが近づいてきて、僕の前を通り過ぎた時のことを。


「そしたら冴木くんから声を掛けてくれた。あの時は心臓が止まるくらいびっくりしたよ」


その時の様子が頭の中でフラッシュバックされる。

そうか。だからあの時、麻生さんはあんなに驚いていたんだ。


「私、ズズメちゃんに冴木くんのことを相談したの。そしたら、うるう日は特別な日だから、告白するならこの日にするように言われたの」

「え? うるう日に告白ってまさか・・・」


ずっと解けなかった謎が今、解けた。

あの日・・・二月二十九日に僕と麻生さんが同時に告白しようとしたのは偶然じゃなかった。


彼女がペン子さんだったから。

彼女は僕の小説を読んで、うるう日が僕にとって特別な日だと知っていたから彼女はこの日を選んだんだ。


僕は馬鹿だ。

ずっと僕の応援をし続けてくれていたのは彼女だったんだ。


僕は何もわかっちゃいなかった。

彼女がどんな思いでいたのか?


そのくせ僕は何だ?

彼女が重い病気と分かったとたんに怖くて彼女に逢えなくなった。

自分の気持ちの都合ばかりで本当に彼女のことを考えていなかった。


僕は自分が無性に許せなくなった。


夕日が西の街並みに隠れ始めていた。

僕の心の奥から急激に大きな感情の塊が込み上げてくる。


何もできなくたっていいじゃなか。

たとえ元気づけることができなくてもいいじゃないか。


僕は葵さんに逢いたい。

葵さんの声が聞きたい。

葵さんの笑顔が見たい。

今すぐ彼女に逢いたい。


「ごめん。麻生さん。僕・・・」

「スズメちゃんのところへ行ってあげて」


僕は麻生さんにごめんと大きく頭を下げると、すぐに走り出した。


心が叫んだ。


会いたい! 

今、すぐ葵さんに! 


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