第37話 お見舞い ~suzuka(2)


「ごめん。俺だよ」

開いていたドアの陰からバツが悪い顔を覗かせたのは克也だった。


私はしまったと思った。


「悪い。外でノックしたんだけど返事がないから入ってきちゃった」


どうやらボーっとしていてドアのノック音に気づかなかったみたいだ。

でもどうして彼の名前を呼んでしまったのだろう。克也に聞かれちゃったかな? 


「で、誰? ハルって」


やっぱり聞かれてたんだ。なんて説明しよう・・・。


「ごめん。これから中学の時の友達が来てくれることになってるんだ」


慌てて誤魔化したけど無茶苦茶怪しく見えただろう。


「何か、忘れ物?」

「ああ、忘れ物した」

「何? 何かあったかな?」


私はベッドのまわりをきょろきょろと見回した。


「違うよ。忘れたのは言葉だよ。ズズメ(おまえ)に言おうと思ってた」

「え?」


克也はベッドの前にあった丸椅子に座ると、真面目な顔をして私を見つめた。


「もう一度、付き合わないか? 俺たち」

「え?」


あまりにもの唐突さに私は言葉を失った。

どうして今更そんなことを言うのだろう?


私達は以前付き合っていたのだが、ひと月ほど前に別れていた。

フラれたのは私のほうだった。


「勝手なのは分かってる。あの時はお前の病気のこと、受け入れなれなくて」


そう。彼は私の病気のことを知ってから、私のことが重荷になったのだ。

だから離れていった。

でもそれは仕方がないことだと諦めていた。


決して強がりではない。

誰だって病気の女の子よりも健康な女の子のほうがいいに決まってる。

それが分かっていたから、私もそれを受け入れ、特に落ち込みもしなかった。


「ごめん」

私は俯きながら謝った。


克也の顔をまともに見られなかった。


「今の私は克也の気持ちには応えられないよ」


克也の気持ちはとても嬉しかった。

でもダメなんだ。


「どうしてだよ?」

「私の病気のこと、もう知ってるでしょ。私は男の子と付き合う資格ないんだ」


「違うだろ?」

「え?」


「分かるよ。他に好きなヤツができたんだろ?」


私は思わずたじろいだ。


「お前、本当に分かりやすいな。まあ、俺もそんなところを好きになったんだけどな」


どうして? そんなに私って分かり易い? 


「さっきのハルってやつか?」


やっぱり聞こえてたんだ。克也はカンがいい。


「うん」

ヤケに素直に頷いてしまった自分に驚いた。


「そいつのこと、本気で好きなのか?」

「うん」


しまった。思わずまた素直に答えてしまった。

これ以上克也を傷付けたくないのに。


克也の顔をそっと見る。

すると、ホッとしたように笑っていた。


――え?


「よかった。本気で好きなヤツができたんだな」

「どういう意味?」

「お前さ、俺と付き合ってる時、本気で俺の好きじゃなかっただろ」

その言葉は私の心にナイフにようにグサリと刺さった。


「そ、そんなこと・・・・・」

言いかけた言葉が止まった。


そうなんだ。私は克也から告白されて付き合うようになった。

悪い人ではないと思って付き合い始めたが、特別な感情を克也に持つことはできなかった。

だからフラれた時もそんなにショックはなかった。


そんな中途半端な気持ちが克也に伝わったからフラれたのかもしれない。


「ごめん」

「いいさ。俺もすっきりした。本気で好きなやつができたならしようがないな。最初にフッたのは俺の方だし、ずっと引きずってたんだ」


「ごめん」

「そう何度も謝るなよ。なんか情けなくなるだろ。でもハルってどこのやつだ? 同じD組(クラス)か?」


そうか。ハルって言っても克也には誰だか分からないんだ。


正直に彼のことを話そうか。

しばらく迷ったが、結局笑いながら誤魔化した。


「まあ、いいや。で、そいつには好きって言ったのか?」


私は黙って首を横に振った。そう言えば私は彼に自分の気持ちを伝えたことがなかった。


「じゃあ、そいつに好きって言われたのか?」


今度は黙ったまま縦に振った。

そうだ。彼は私を好きだって言ってくれたのだ。


「なんだ、そいつから告られたのか。じゃあ付き合ってるんだ」

「付き合ってないよ。私、断ったから」


克也の表情が曇る。


「はああ? 悪い、お前が言ってること意味わかんねえ」


自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。


「だから、付き合えないってその人に言っちゃったの」

「なんだそれ? そのハルってやつのこと好きなんじゃないのか?」

 私は黙ったまま頷いた。


「自分の病気のこと、気にしてるのか?」

 私は首を傾げながら苦笑いをした。


「ごめん。俺のせいだな」


やっぱり気にしてたんだ。

でも違う。克也のせいじゃない。

そもそも克也にフラれたのだって私が悪いんだから。


「残念ながら克也のせいじゃないよ。自惚れてるね」

「じゃあ、どうしてだよ?」

「別に付き合わなくてもいいんだ。一緒にいられれば」


「ああああ、めんどくせえな! スズメらしくねえぞ!」


克也はやりきれないような顔をしながら叫ぶように言った。


「ううん。これが私だよ」

「分かった。やっぱり俺の責任だ。俺が何とかしてやる。誰だよ、そいつ?」

「いいよ、余計なことしなくて。私は平気だから」

「じゃあ俺が部屋に入って来た時、どうしてあんなに寂しい顔してたんだよ。待ってたんだろ? ハルってやつのこと」


「見てたの?」

「お前のことはずっと見てるよ」

今の私には辛い言葉だった。


「ごめん」

「だからもう謝るなよ」


「ありがとう。でも本当にもういいんだ。彼は私の病気のことだってこと知っちゃったし、私のこと重荷になると思う」

「俺は、お前のこと重荷だなんて思ってなかったぜ」

「ごめん。そういう意味で言ったんじゃないよ・・・」


ダメだ。これ以上は何を言っても克也を傷付けてしまう。

やっぱり私って酷い女だ。


「素直になれよ」


――え?


「本気で好きなら素直になれよ」


何も言えなかった。

そう、私は素直じゃない。


しばらく克也は黙ったまま窓の外を見つめていた。


「俺、帰るわ」


克也はすっと立ち上がると出口へと向かった。

ドアに手を掛けると私のほうを振り返りフッと笑った。


「俺、やっぱりスズメのことが好きだ!」


克也の優しい顔が辛さに拍車をかける。


「ありがとう・・・・・」

克也の目が眩しかった。


「な、俺はスゲエ素直だろ!」

克也はそう言うとすっと手を挙げて病室を出て行った。


目に潤んだ。


ありがとう克也。

私は心の中でもう一度呟いた。


私は何をグズグズ考えていたのだろう?

そうだ、もっと自分に素直になろう。

自分の気持ちに素直になればいいんだ。


頭の中にあった黒いモヤのようなものがサアっと晴れた感じがした。

病気のことなんてどうでもいい。


今、私は素直に思う。

私はハルに逢いたい。

ハルと一緒にいたい。

それだけだ。


私はベッド脇のサイドテーブルに放っておいた携帯に手を伸ばした。


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