第36話 お見舞い ~suzuka(1)

あの日にホテルで発作を起こして緊急入院してからもう一か月がたつんだ。


最近、時の流れが早くなったような気がする。

他の人も私と同じくらいの感覚で月日の過ぎる早さを感じているのだろうか?


私にはあとどれくらいの時間が残されているのだろう? 

余命何か月とか何年とか分かっていれば覚悟もしやすいのだけれど、この無責任な心臓は予告もしてくれない。


込み上げてくるのは不安と焦りの気持ちばかり。

毎日それを抑え込むのに必死だった。


高校二年の終業式の直前に入院して、私はそのまま三年生を迎えた。


クラスのみんなはどうしてるのかな?

そう言えば学年が変わったからクラス替えがあったはずだ。


とても気になる・・・と言っても私はいつ学校へ戻れるか分からないんだった。意味ないや。

そんなことを考えてる自分に苦笑した。


でも、早く元気になって学校に通いたい。

子供のころから何度も入院はしているが、今ほど早く学校に行きたいと願うのは初めてだ。


ハルくんはどうしてるかな? 

あの日、私は無理やり彼を誘って授業をサボって学校を抜け出した。


すごくドキドキした。


あんなにドキドキしたのは生まれて初めてだ。

まるで映画の主人公になって冒険でもしている気分だった。


もちろん罪悪感もあったが、それ以上に彼と一緒に居られることが嬉しかった。


彼が好きだと言ってくれた。

付き合ってほしいと言ってくれた。


とても嬉しかったけど、私は彼と付き合うことはできないんだ。

それは仕方がないこと。


私がホテルで倒れた時はきっと驚いただろうな。

結局、彼にはとても迷惑を掛けてしまった。

今度会った時に謝らなきゃ。


でも、今度はいつ会えるんだろうか?


ハルくんに逢いたい。

でも、彼はもう私になんか逢いたくないだろうな。

あれから一度も連絡をくれない。


メールをしようと何度も思ったけど怖くてできなかった。

もし返事が来なかったら・・・そんなことをつい考えてしまう。


明日、クラスメイトの人がお見舞いに来てくれるみたいだ。

お母さんが聞いた。


もしかして、このクラスメイトの中に彼は入っているのかな? 

そんな期待がひそかに膨らんだ。


いや、同じクラスになっているかどうかも分からないし、万が一、同じクラスになっていたとしても、あの内気な彼が他のクラスメイトと一緒に行動するわけがない。


私は期待する気持ちを抑え込んだ。



翌日、クラスメイトのみんながお見舞いに来てくれた。


病室の扉がゆっくりと開けられ、懐かしい声が響いた。


「キャースズメ! 元気ィー?」

「元気なわけないじゃん。私、一応病人だよ!」


おちゃらけながら言葉を返す。

懐かしい顔がいっぱい揃っている。


陽菜、有紀、紗那、菜美も来てくれた。克也や翔もいる。

みんないつもと変わらない。


学校に行かなくなってからまだひと月も経っていないのに妙に懐かしく感じられた。


合わせて六、七人ほどになるだろうか。

思っていたより人数が多くてびっくりした。


期待しないと言いながらも無意識の彼の姿を捜していた。

でも、彼の姿はやはり無かった。


ちょっとがっかりして諦めかけた時、最後にトボトボと遠慮がちに入ってきた人影に心臓がきゅっとなる。


彼だ。来てくれたんだ。


彼がこっちを向いた。

でもその瞬間に私は思わず目を逸らした。


なぜ、目を逸らす? 

心の中で自分に叫んだ。


ひさしぶりのクラスメイトとの再会に会話が弾んだ。

新しい担任のこと、部活動、転校生のこと。話は尽きなかった。


みんなと話をしている間、彼は遠慮がちにずっと部屋の隅っこに立っていた。


話の輪に入りづらいのだろうか。内気な彼らしいが、もう少しこっちに来なさいよ、と叫びたかった。

でも、あえて私から声を掛けることをしなかった。


それどころか顔を向けることもできなかった。

恥ずかしかったのか、怖かったのか、自分でも分からない。


ちょっと声を掛けるだけでいいのに、そのちょっとの勇気が出なかった。

私ってこんなに素直じゃなかったっけ? 

前はあんなに素直になれたのに。


みんなは変わらず元気そうだ。

懐かしいみんなと話ができて、自分も元気になった気がした。


本当に元気になって、早く学校に戻りたい。

心の中で思わずそう叫んだ。


アッという間に時は過ぎてゆき、みんなが帰る時間になってしまった。


みんなにお別れとお礼を言った。

急に寂しさが込み上げてきた。


みんなが部屋から出ていくと、病室の中は冷え切ったように静まりかえり、さらに寂しさが増した。


部屋の中が急に暗くなったように感じる。

不安な気持ちと寂しさが私の心を襲った。


自分は病気なんだという現実に引き戻される。


寂しさを紛らわせようと思い、窓から外を眺めてみた。

窓ガラスに彼の顔が浮かんで見えた。


ハルの馬鹿! 

あいつ、結局ひとっ言も喋らなかったじゃん。


馬鹿は私か・・・・・。

私から話し掛けることもしなかったもんね。


ベッドの横にある引出しからペンギンのストラップを取り出す。

海で彼と一緒に買ったやつだ。


いつもは枕の脇に大事に置いてるんだ。

でも今日は引出しの中にしまってしまった。


これ、見せてあげればよかったかな? 


どうして無視しちゃったんだろう。

ちょっと声を掛ければいいことだったのに・・・。


その時だ。

病室の扉が開く音がした。


彼が戻ってきてくれた、私は咄嗟にそう思った。


「ハルくん?」


思わず彼の名前を呼んだ。




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