第35話 お見舞い(5)
「ねえ、ハルくんは運命って信じる?」
「運命? 占いか何か?」
「ううん。偶然に起きたと思うことでも、実は全てが定められた運命だってこと。そして必ずそこには何か意味があるってこと。 人と人との偶然の出会いもみんな運命であって、やっぱりそこに必ず意味がある。意味の無い出会いなんてない。私はそう思ってるんだ」
僕は彼女の言いたいことが理解できなかった。
「何かピンと来ないみたいだね」
確かにピンと来ていなかった。鋭いツッコミだ。
「だから君とクラスメイトになったことには、どんな意味があるのかなって思ってるの」
そんな思わせぶりなことは言わないで欲しかった。
僕の彼女への想いは無くなったわけではない。
確かに僕は彼女にとって気軽に話ができる壁のような存在なのかもしれない。
僕もそれでいいと思っていた。
でもあまりにも無神経に気軽に言われると複雑な気持ちになる。
そう言えば今日も武田君とヨリを戻したようなことを聞いた。
僕はだんだんと自分の気持ちのコントロールができなくなってきていた。
「あのさ、今日、みんなでお見舞いに来たあと武田君が病室に戻ったよね? 何の話を・・・・・」
思わず続く言葉を飲み込んだ。
僕は何を訊いているのだろう。
すぐに後悔した。
これは彼女と武田君の二人の話だ。
他人がどうこう口を出すことではない。
まして僕は彼女にフラれている人間だ。
「ごめん。それは言えないよ」
彼女のその照れた仕草で話の内容は想像がついた。
武田君とヨリを戻したのだろう。
頭の中が真っ暗になった。
ショックを受けている自分がショックだった。
僕は既に彼女にフラれているのだから関係のない話なのだ。
それなのにまたショックを受けるなんて、とんだ自惚れ野郎だ。
僕は彼女の顔を見るのも辛かった。
「僕、もうここに来るのを止めるよ」
「どうして? そんなこと言わないでよ」
彼女は困惑した顔で僕を見た。
どうしてそんな顔で見るんだ?
「私といるの、嫌?」
どうしてそんなこと訊くんだ?
その言葉は抑え込んでいた僕の感情を砕いた。
「葵さんは僕の気持ちなんて何も分かってないよ!」
気がつくと僕は大声で叫んでいた。
僕は何を言っているんだ?
女の子にこんな風に叫んだのは初めてだった。
僕は馬鹿じゃない。
大馬鹿だった。
彼女は俯いたままずっと黙っていた。
「ごめん。僕、帰るよ」
そのまま僕は席を立った。
ガタンと丸椅子が床に擦れる音が響く。
「じゃあ、ハルくんは・・・」
「え?」
彼女の声に僕は振り返った。
「じゃあ、ハルくんは私の気持ちを分かってるの?」
その頬に涙が伝うのが見えた。
――え?
どうして泣いてるんだ?
「ごめん」
彼女は静かにそう言うと毛布を被り僕から背を向けた。
僕は呆気に取られて茫然としていた。
「あ、あの、葵さ・・・」
「帰って!」
僕の声は彼女の言葉に打ち消された。
「あの、じゃあ帰るね・・・」
彼女から言葉は返って来なかった。
僕はそのまま病室をあとにした。
どうして泣くんだよ?
僕が何か彼女を傷付けることを言ったのか?
葵さんの気持ちって何なんだよ?
分からない。
やっぱり僕は大馬鹿だ。
彼女にやっと会えたというのに僕は何をしているんだ。
どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。
たとえ彼女が僕のことを好きじゃなくても、彼女と一緒にいられるだけで僕は満足だったはずなのに。
これで葵さんにはフラれた上にさらに嫌われたみたいだ。
これでもう本当に逢えないな。
でもこれでいい。
彼女には武田君がいる。だから大丈夫だろう。
自分にそう言い聞かせた。
その日以来、僕は病院に行くことも彼女に連絡をすることもなかったし、彼女から連絡が来ることもなかった。
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