第34話 お見舞い(4)

僕は次のバス亭で降り、慌てて病院に戻るバスに乗り換えた。

タイミングがよかったせいか、十分ほどで病院にトンボ返りできた。


彼女のメールの意味が分からない。


大体、何で怒ってるんだ?

さっき病室で何かしただろうか?


いや、僕は何もしなかったし、できなかった。 

あれこれ考えながらエレベーターに乗る。


彼女の病室の前まで来ると、さっきみんなで来た時とは全く違う大きな緊張感が走った。

僕はふっと深呼吸をしたあと、そっとドアを開けた。


「あ――こんにちは・・・」


彼女は僕に気づいたようだったが、すぐに目を逸らした。


――あれ?


「あの・・・こんにちは」


僕はもう一度恐る恐ると声を掛ける。


「あれ? 帰ってきたの?」


皮肉いっぱいの感じで挨拶が帰ってきた。


君が呼び戻したんでしょ、と言いたかったが、そういう空気ではなかった。

彼女のお陰か、最近僕も少し空気が読めるようになった。


「あの・・・・・元気?」


この状況に見合う言葉が見つからなかった。


「さっき会ったばかりでしょ」

見事に冷たく返された。


「ハハ、そうだよね・・・」

わざとらしい僕の愛想笑いがさらに部屋の空気を重くした。

その重みに僕は押し潰されそうになった。


「なんで帰っちゃうのよ」

今度は僕を睨みながら直球を投げ込んできた。


「あの・・・さよなら、言ったよね?」

「みんなにしか言ってない」


意味不明だ。

彼女は目も合わせてくれない。


「だから、みんなに言ったよね?」

「君はみんなに入ってない」


意味不明の言葉は徐々に口調が強くなる。


「あの、葵さん、どうして怒ってるの?」


彼女の顔がやっと僕に向いた。


「何で私が怒んなきゃいけないの?」

さらに口調が強くなった。


どう見ても怒っている。


大体、僕は今、どういう立場でここにいるんだ? 

僕と彼女の関係を頭の中で整理する。


友達でいいのか? 

でも僕は彼女にフラれてるから、ある意味友達以下と言えるかも。


だったら、なぜ僕は呼び戻された?

一人になって急に寂しくなった?

でも、どうして僕なんだ?


「葵さん、もしかして一人になって寂しくなったの?」

「寂しくなったら悪い?」

「だったらどうして、もうお見舞いに来なくていい、なんてみんなに言ったのさ?」


それを聞いた彼女は寂しそうに俯いた。


「だって、友達には病気の姿とか、あんまり見せたくないもん・・・・」


友達には・・・・・?

また意味不明だ。


「あ、ちなみに君は私の友達リストから除名されてるから」


彼女はそう言いながらお見舞いのゼリーを美味しそうに頬張った。

僕の頭の中はますます混乱する。


「あの、それどういう意味?」

「別に分かんなきゃいいよ。あ、これ食べる? 美味しいよ」


彼女はそう言うとお見舞い品のゼリーを僕に差し出した。


なるほど。分かった。

やっぱり僕は友達以下ってことなんだ。

友達以下だから気楽に弱いところを見せられるっていうことだろう。


客観的には分からない話ではないが、僕的には複雑だ。

何もフッた男にそんな役目をさせなくてもいいだろうに。


そう思いながら貰ったゼリーを頬張った。


「あの、さっきは聞き損ねたけど、ハルくんがみんなと一緒に来たってことは、もしかして私達、クラスメイトになったってこと?」


そうか。葵さんはまだクラス替えの内容は知らなかったんだ。


「うん、そうだよ。僕もびっくりした」

「そっかあ。今年からハルくんとクラスメイトなんだ。びっくり」


彼女は嬉しそうに笑った。

でも友達以下である僕がクラスメイトになってもならなくても関係ないだろうに。まあ社交辞令のつもりだろう。


「そうだ、何か一緒に委員やらない? 学級委員長とか?」

「僕、そういう目立つポジション苦手なんだ」

「あはは、そうだよね。実を言うと私もそういうのは苦手なんだ。委員長に立候補する人とか見ると尊敬しちゃう」


はしゃぎながら喋る彼女を見ながら僕は浮かない顔をしていた。


「どしたの? あまり嬉しくなさそうだね? まさか私とクラスメイトになるのが嫌だった?」

「正直、僕はちょっと複雑な気持ちだけどね・・・」

「え、どうして?」


彼女は悪びれた様子もなく僕を見た。


まさか僕をフッたことを忘れてるのだろうか。

それどころか友達以下にまで降格させて勝手なもんだ。


でも彼女を危険な目に遭わせてしまったという後ろめたさがあった。

文句を言える立場ではない。


その時、海に行った時のことを謝っていないことに僕は気づいた。


「ごめん。僕、まだ葵さんに謝ってなかった。怒ってるよね」

「怒ってるに決まってるでしょ!」

「僕、何も知らなかったから・・・本当にごめんね」


すると彼女は怪訝そうな顔で僕を見た。


「ちょっと待って。君、何のことで謝ってるの?」

「何って、僕が海に無理やり連れて行っちゃったことだよ」

「は? 違うよ。私が怒ってるのは今まで連絡くれなかったことだよ。私のこと心配じゃなかったの? お見舞いにも全然来てくれないしさ」


その彼女の言葉に僕は戸惑った。


「あの・・・そのことで怒ってたの?」

「そうだよ」


そうか。僕が葵さんに会うのを両親から禁じられてることは知らないんだ。

でもそのことは言わないほうがいいかもしれない。

彼女と彼女の両親が喧嘩になっても嫌だし。

  

「ごめん。携帯壊しちゃったんだ・・・」

「携帯? 壊した?」

「海に落ちた時に携帯も落としてアドレスのデータ全部消えちゃったんだよ。だから葵さんの連絡先も消えちゃって」

「はあ? そういうこと。だったら誰かに訊けばいいじゃない」

「訊く人いないよ。去年までクラス違ってたし」


焦りながら下手な言い訳をする僕を彼女は疑いの眼差しで見つめた。


「あの、もしかして私の両親から何か言われたの?」


彼女はけっこうカンが鋭い。


「いや、何も・・・・・言われてないよ・・・」

僕はあからさまに顔色を変えた。


「その顔は言われたね・・・・・」


馬鹿正直な反応に彼女は半ば呆れ顔でため息をついた。

我ながら自分の情けなかった。両親と喧嘩にならないか心配だ。


「ごめん」

「謝るのは私だよ。みんな私が悪いのに。あの時のことは一生懸命説明したんだけど・・・」

「僕のほうは全然大丈夫だよ」


「あの時は驚いたでしょ?」

「うん。びっくりした」

 

「私ね、心臓が悪いの。生まれつきなんだけど」

「うん。聞いた・・・・・。ごめんね。学校サボって海なんかに行かなきゃよかったね。僕が無理やり電車に乗せちゃったから。葵さんが入院中だなんて知らなかったんだ・・・・・」

「ハルくんが謝ることないよ。心配しないで。薬さえちゃんと飲んでいれば大丈夫なの。発作なんて小さい時からいつものことだし。あの日は薬を学校のカバンの中に入れっぱなしで、持っていくのを忘れちゃったんだよね。私ってドジだから」


彼女にしては珍しく焦った喋り方だった。

そうだ。確かにあの日、彼女はカバンを持っていなかった。


「もしかして電車に乗る前に学校に戻ろうとしたのは、薬を忘れたことを思い出したから? どうして言ってくれなかったの?」

「ううん、違うよ。あの時は私のわがままに君を付き合わせたら悪いなって思ったからだよ。でも君に手を引っ張ってもらった時は凄く嬉しかったよ」


僕は黙って首を横に振った。


ひとつ間違えたら謝って済む問題ではなくなっていたんだ。

考えただけでも怖くなった。


「でも楽しかったね」


笑いながらそう言う彼女に僕は言葉を返せなかった。


「楽しくなかったの?」

「そ、そんなことないよ。僕も楽しかったよ・・・・・」


戸惑っている僕を彼女は不満そうに睨んだ。



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