第32話 お見舞い(2)

翌日、放課後にクラスメイトのみんなで待ち合わせ、彼女の入院している病院へと向かった。


僕が知らない生徒も数人いた。

三年では別のクラスになった二年の時のクラスメイトもいるようだ。


みんなの話を聞いていると、彼女の病気の具合はそれほど重いわけではなく、あと数日で退院できるとのことだった。

僕はそれを聞いて少しほっとした。


病院の大きなロビー内は診察を待つ患者さんとお見舞いの人で込み合っていた。

総合案内でクラスの女子生徒が部屋番号を言って病室の場所を尋ねた。


エレベーターに乗り、病室のあるフロアで降りる。


「あった。あそこだよ」


女子生徒の一人が彼女の病室番号を見つけた。

病室が近づくにつれ、だんだんと緊張感が高まってきた。

彼女に会うのは何日振りだろうか。


でもちょっと不安があった。

両親に見つかったら何か言われてしまうのではないだろうか。

まさか帰れなんて言われないだろうか。

そんな心配をしながら僕は後ろのほうに隠れながら歩いた。


先頭の女子が病室のドアを開ける。

部屋の奥にあるベッドで本を読んでいる彼女を見つけた。


胸がキュッとなった。


ベッドの横にいたお母さんが立ち上がりゆっくりと会釈をした。

僕は思わず人に後ろに隠れてしまった。


「きゃースズメ! 久しぶりぃ!」


彼女の姿を見るなり女子たちが両手を上げながら叫んだ。



「きゃー、みんな来てくれたんだ!」


彼女の笑顔、彼女の声。

あれから何日も経っていないのに妙に懐かしく感じられた。


「ズスメ、元気だった?」

「元気なわけないじゃん! 私いちおう病気で入院中なんだけど・・・・・」

「あはは、そうだったねー」


病室内にみんなの笑い声が響いた。

僕も前に出て彼女に声を掛けたかった。

でも、そんな勇気は僕には無かった。


その時、彼女が一瞬こちらを向いた。

僕と目が合ったような気がした。

でも彼女はすぐに僕から目を逸らした。


 ――え?


ワザと目を逸らしたようなその仕草に僕はショックを受けた。

やっぱり怒ってるのだろう。


それは無理もないことだとは分かってはいるが、あからさまに目を避けられるとやっぱり落ち込んだ。


病室内に賑やかに会話が弾む。

そういえば僕はクラスメイトと喋る普段の彼女をほとんど見たことが無かった。

とても楽しそうに笑いながらお喋りをしていて、まさに天真爛漫な女の子といった感じだ。


でもなぜだろう?

彼女のその笑顔に妙な違和感を持った。

僕といる時とは何かが違う、別の彼女がいるような、そんな感じがした。


僕自身はとりわけ喋ることも無く、ずっと病室の後ろでみんなの会話を聞いていた。

彼女も僕のほうを向いたり、話し掛けてくることもなかった。


少し淋しい気がしたが、とても楽しそうに笑っている彼女を見て、僕はホッとしていた。

思ったより元気そうでよかった。

僕は心底そう思った。


僕にはここに来たのにはひとつ目的があった。

彼女に謝りたかったんだ。

もう一度だけ謝りたい。お礼を言いたい。


でも僕は会話の中に入れず、黙ってみんなを見ているだけしかできなかった。


「あんまり長居しても迷惑になるから、そろそろ行こうか」


女子生徒の一人が言った。


 ――え? もう?


僕は焦った。


「えー、もう帰っちゃうの? 寂しいな」


彼女もとても名残惜しそうだ。


「退院したらまたみんなで遊びに行こうよ。映画とかショッピングセンターとか」


もうひとりの女子生徒が言った。


僕は何とか一声だけでも掛けようと前へ出ようとした瞬間だった。


「あの・・また、来てもいいかな?」


そう言い出したのは武田君だ。


 ――え?


彼女はちょっと戸惑った顔をしたあと、しばらく黙っていた。


「ありがとう。でもそんな長い入院になるわけじゃないし、大丈夫だよ。みんなも受験で忙しくなるし、私の病気もそんな大袈裟なもんじゃないから」


彼女がそう言うと武田君は少し寂しそうな顔をしながら俯いた。

でもすぐにスッと笑いながら顔を上げた。


「そうだな。退院したらまたみんなで遊びに行こう」


僕は気持ちは妙に複雑だった。


「じゃあね。みんな、今日は来てくれてありがとね」


彼女が胸元で小さく手を振りながらみんなに笑顔でさよならを言う。

でもこのままではなんのために来たのか分からない。


せめてさよならだけでも一言おうと思い、彼女に話し掛けるタイミングを計った。

でも彼女は最後まで僕の顔を見てはくれなかった。


気のせいかもしれないが意識的に無視されているような感じもした。

彼女を危ない目に遭わせてしまって、しかも何もできなかった僕に呆れているのだろう。

そう思われていたとしてもそれは仕方のないことだった。


みんなを先に送るようにしながら僕は一番最後に病室を出た。


帰り際に彼女のほうを見たが、やはり僕を見てはくれなかった。

結局、一言も喋れないまま僕は病室をあとにした。






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