第31話 お見舞い(1)

終業式も終わり、春休みが始まった。


本来は楽しいはずの春休みだ。

けれどもそんな浮かれた気分にはとてもなれなかった。

こんな重苦しい気持ちの春休みは生まれて初めてだ。


僕は海に落として壊れてしまった携帯をショップへ持って行った。

さすがに水没した本体はすぐに修理不能と判断された。


携帯内のメモリに記録されていた電話番号やアドレスデータもすべて消えていた。

当然に彼女のアドレスも消えた。


僕は携帯が壊れたことよりもそれがショックだった。

これで本当に彼女に連絡が取れなくなった。


これは運命の神様の悪戯か、はたまた贈り物か?

これで諦めもつくというものだと自分に言い聞かせた。


しかし彼女に逢いたいという気持ちは日ごとに大きくなっていった。


どうしようもないことも分かっていた。

僕はもう彼女にフラれている。

それに加えて授業をサボって彼女を学校から連れ出して危険な目に遭わせてしまった。


もう彼女に逢うことは許されるはずがない。


しかし、ダメだと思えば思うほど会いたい気持ちが強くなった。

逢うことがえなくても、せめて彼女が元気かどうかだけでも知りたかった。


彼女のその後の身体のことが心配だった。

でも春休みなので学校からの情報は何もない。

彼女のことを教えてくれる友達もいない。


僕はたとえようもない喪失感に包まれていた。

何をしてもつまらなかった。

いや、つまらないという感覚さえ無くなっていた。


僅かな時間ではあったが、彼女と一緒に過ごした時を思い出す。

楽しかった。

いや、純粋な楽しいとは少し違った感覚だったかもしれない。


彼女と一緒にいると何か暖かいものに包まれているような、そんな不思議な感じがした。


彼女には確かにフラれた。

だけど僕は彼女と恋人になれなくてもよかったのかもしれない。


ただ一緒にいることができればそれでよかった。


一緒にいるだけで自然な自分でいられた。

一緒にいるだけでとても心地よかった。


でも、もう葵さんのことは忘れよう。

今、僕にできることはそれしかないのだから。



春休みの間、僕はほとんどの時間を家に籠って過ごした。

出掛ける場所も出掛ける気力も無かった。


あっという間に春休みは終わり、最初の登校日、いわゆる始業式の日を迎えた。

僕も今日から三年生になる。これからは大学受験で勉強も忙しくなりそうだ。


彼女のことはきっぱり忘れて受験モードに切り替えよう、そう決意していた。

しかし、運命の神様はやはり意地が悪いようだ。


新学年というとクラス替えだ。僕は教室の前に貼りだされた新しいクラス名簿を複雑な心境で見つめていた。


『冴木始』そして『葵涼芽』


ふたつの名前は同じD組クラスの表に記載されていた。


僕は複雑な気持ちだった。

別のクラスだったらどんなに気が楽だったか。

運命の神様は僕に何をさせたいのか。


こうして僕と彼女はクラスメイトになった。



新しい教室へ行くと、すでに多くの生徒が集まっていた。

でも僕が顔の知っている生徒は四分の一程度もいなかった。


彼女はもう退院したのだろうか。

僕は彼女の姿を捜した。

会いたいような、会いたくないような複雑な気持ちだった。


結局、彼女の姿は見つからなかった。

半分ほっとして、半分がっかりした。


貼りだされた名簿順に席に座る。

やはり、彼女の座る席には誰もいない。

やっぱり、まだ退院してないようだ。


新しい担任教諭から、彼女は入院中でしばらく登校はできないとの話があった。

彼女の体調はそんなに悪いのだろうか。

僕は心配になった。


先生に彼女の容態を訊いてみようかとも思ったが、そんなプライベートなことは教えてはくれないだろう。


「あの、冴木君・・・だったよね?」


ひとりの男子生徒が僕に声を掛けてきた。

見覚えがある男子だった。


「そう・・・だけど」

僕はたどたどしく返事をする。


「俺、武田って言うんだ。去年A組だったけど覚えてるかな? 美術の授業で君のクラスと一緒だったんだけど」


僕はもちろん知っていた。

彼女と仲が良さそうに一緒に歩いていた人だ。屋上でもいつも彼女と一緒にいた。


彼も同じD組クラスなんだ。

もしかして彼女がフラれたというのは彼なのかもしれない。


「今年からクラスメイトだね。よろしく」

「あ、こちらこそ・・・よろしく」


すいぶんとフレンドリーな人だ。

こういう気さくな人は羨ましい。


「スズメ・・・葵さんのこと、知ってるよね?」

「あ・・・うん」

「あの、さっき先生も言ってたけど、スズメ、今、病気で入院してるんだ。知ってたかな?」


もちろん知っていた。一緒に救急車で病院まで行ったのは僕なのだから。


「実は、明日みんなでお見舞いに行こうって話をしてるんだけど、よかったら一緒に行かないか?」

予想もしなかった誘いに僕は戸惑った。


僕は彼女の両親から会うことを禁止されている。

でもやっぱり彼女には逢いたかった。


みんなと一緒ならば大丈夫かな?

僕は勝手にそう思った。


彼女に逢って謝りたい。

僕のことはどう思っているか分からないけれど、とにかく謝りたい。


僕は一緒に行くことを決めた。


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