第29話 初めてのホテルで(2)
カギを開け、部屋に入ると僕は圧倒された。
僕が描いていた貧相なラブホテルのイメージとは全く違った。
大きなシャンデリア、プロジェクター、ビリヤード、ダーツなど映画でしか見たことがないようなものがズラリと並んでいる。
免疫を備えていない僕は、ぽっかりと口を開けたまま茫然としていた。
いったい何なんだ、ここは?
泊まるだけじゃないのか?
まるで非現実的な異次元の世界に入り込んだようだ。
「ハルくんは早くお風呂に入って。私は何か着替えを買ってくるから」
そう言い残すと彼女は足早に部屋を出て行った。
部屋に一人残された僕は徐々に頭が冷えて冷静さを取り戻す。
しかし、フラられた女の子と二人でラブホテルにいる・・・・・そんな状況に頭がついていかなかった。
まずはともあれ僕は風呂に入ることにしよう。
海水でズブ濡れになり冷えきった体がどっぷりと熱い湯に浸される。
「くわあああああああ!」
思わず叫んだ声が浴室に響き渡る。
茹でたジャガイモのごとく芯の芯まで温まった僕は、フラフラになりながらバスタブから起き上がる。
覗き込むようにして浴室のドアを開けた。
彼女はまだ帰ってきてないようだ。
何も身に着けていない状況で彼女を待つわけにはいかない。
僕は取りあえず、何か羽織るものを探した。
おあつらえ向きのバスローブが備えつけてあるのを見つけた。
外国の映画ではよく見るものだったが、実際に見るのは初めてだった。
バスローブを羽織った自分の姿を鏡で見る。そこには違和感満載の変態っぽい男が立っていた。
「うーん・・・・」
思わず僕は唸った。
映画とかで見る俳優がスマートに着ている姿と何か違う。
いや全然違う。
どちらかというと安っぽいドラマに出てくるスケベおやじを連想させた。バスローブというのは典型的な日本人の体形には合わないようだ。
静まった部屋に呼び鈴が響いた。
その大きな音に僕はビクっとなる。
どうやら彼女が帰ってきたようだ。
僕はそそくさと入口のドアを開ける。
「ごめんねー、遅くなって。なかなか洋服のお店が見つかんなくてさー」
彼女は息を切らしながそう言ってこちらを見た。
すると、彼女は僕のバスローブ姿を見たとたん、砕け散ったように笑い出した。
「何だよ、急に!」
「いやー、どこのスケベ親父かと思ったよ。部屋、間違えちゃったかなーって」
「ふん。確かにカッコよくはないのは分かってるけど、そこまで笑わなくてもいいんじゃない」
「ごめん、ごめん。あ、スエットでよかったかな? フリーサイズなんだけど大丈夫だよね。ちょっと着てみて。あとタコ焼きが屋台で売ってたから買ってきたよ」
僕は買ってきてもらったスエットを受け取った。
風呂場で着替えると、彼女の買ってきてくれたスエットは思いのほかピッタリだった。
「うん、なかなか似合うよ!」
「そう?」
「あのバスローブを着続けられたら私、笑い過ぎで呼吸困難で死んじゃうとこだよ」
僕はムスっとしながら彼女の買ってきてくれたタコ焼きを一口で頬張った。
「熱っ!」
「中のほうはまだ熱いんだから頬張っちゃ駄目だよ。中を割って少し冷やしてから食べるんだよ。ばっかじゃない?」
彼女は子供のようにはしゃぎながら笑った。
タコ焼きは親しいカップルの食べ物って言っていた
親しいカップル?
その言葉に僕は反応した。
僕達は親しいと言っていいのだろうか?
少なくとも彼女にはフラれてるから付き合っているわけではない。
では僕たちの関係って何なんだろうか?
「なにボーっとしてんの?」
彼女の呼び掛けに我に還る。
「あ、ごめん!」
「エッチなこと考えてたんでしょ」
「考えてないよ!」
僕は真っ赤になりながら否定する。
「冗談だよ。でもムキになるとこ見ると怪しいな」
しつこくからかってくるので僕はちょっとムっとした顔で彼女を睨んだ。
「そういえば、明日は葵さんの誕生日だったよね。おめでとう」
「へへ、ありがとう。ところでハルくんの誕生日っていつ?」
「僕? 四月五日だよ」
「なんだあ! 私と二週間しか違わないじゃん!」
「ああ・・・・そうだね」
この会話にちょっと違和感があった。
「そっかあ。よかったあ、ほとんど離れてなくて・・・・」
彼女は喜びながらホッとしているような顔をした。
僕はその意味が分からなかった。
「あの・・・・ハルくん」
何か思わせぶりの口調になった。
「え、なに?」
「私ね、ずっと君に言ってなかったことがあるんだ・・・・」
あらたまって何を言い出すんだろう。
彼女はいつも唐突に話し出すので心の準備が間に合わない。
「私・・・・実は、明日で十八なんだ」
「え?・・・・ああ、そう十八ね・・・」
だから何なのだろうと不思議に思う。
その数字が意味することを理解できなかった。
「え! じゅうはち?」
そう言えば僕は今、何歳だ?
自分の歳をあらためて確認する。
確か、僕は
どういうこと?
彼女を見ると恥ずかしそう顔で僕を見た。
「あの、もしかして葵さんって?」
「うん。普通だったらひとつ上の学年なの・・・・。中学の時にいろいろあって、中学二年生を二度やってるんだ」
僕はあの時の男子が言った言葉を思い出した。
『アイツは中学時代遊んでいて落第してる』
やっぱりあの彼が言っていた噂は本当のことだったんだ。
「ごめんね。だから私、君よりひとつおばさんなんだ」
動揺して頭が混乱したが懸命に立て直した。
「あの、高校生なんたからおばさんはないでしょ。ひとつだけ大人・・・・・とか」
「そうだね。でも私の中学時代の噂って、何か訊いた?」
探るような言い方だった。僕は返事に困った。
「いや、別に、何も・・・・」
僕は咄嗟に嘘をついて平然を装った。でも嘘が苦手な僕は明らかに動揺して顔をひきつっていた。そんな僕の顔を見て彼女はくすっと笑った。
「本当に君って嘘がつけないよね」
「ごめん」
馬鹿! ここで謝ったら嘘だということを認めたことになるだろ!
僕はは自己嫌悪に陥る。
「あまりいい噂じゃないでしょ?」
「・・・・・」
何か気の利いた言葉を探すが、いい言葉が見つからない。
結局、僕はしばらく黙ったまま下を俯いていた。
「君ってやっぱりいい人だね。何も訊かないんだね」
「別に・・・・。だって葵さんは今の葵さんだから。それ以上でもそれ以下でもないでしょ」
これが今の僕の精いっぱいの言葉だった。
「ありがとう。でもよかった。思ったより君よりおばさんじゃなくて」
彼女はホッとしたように微笑んだ。
「あのね・・・私ね・・・」
彼女が何かを言い掛けた時だった。大きなベルの音が部屋に鳴り響いた。
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