第28話 初めてのホテルで(1)
僕は今、女の子に手を引っ張られながらホテルへと続く通路を歩いている。
何だろう、この感覚は。
誰もいないのに妙に後ろが気になった。
これが後ろめたさと言うものなのだろうか。
僕は先程までとは違う罪悪感に包まれていた。
いや、これは罪悪感なのだろうか?
不安? 緊張? 期待?
いろいろな気持ちを交錯させながら心臓が大きな鼓動を上げ始める。
細い通路を抜けると薄暗い自動扉があり、妙な機械音と共にその扉が開いた。
中に入るとさらに迷路のような細い廊下が続いており、その先に行くとフロントらしき場所に着いた。
そこに人はいなかった。壁に部屋の写真が表示されている大きなパネルが掛かっていだ。
僕はどうすればいいのか全く分からずオロオロとしていた。
「ハルくん、どうやって入ればいいのか知ってる? このボタンとか押すのかな?」
どうやら彼女もこういうところは初めてのようだが、興味津々にあちらこちらのスイッチを触りまくっていた。何かたくましい。
僕はというと彼女の横で黙ったまま固まっていた。
その時、フロントの脇にある鉄製のドアがガチャリという大きな音を響かせながら開いた。
僕達はその音にビクッとなり固まった。
ドアの中から中年のがっしりと太った見覚えのあるおばさんが出てきた。
「え? アースラ?」
思わず僕は叫んだ。
そのおばさんはジロッと僕たちを見た。
「バカね。
彼女が僕の耳元で囁く。
確かによく見ると別人だ。
でも驚くほど似ている。やっぱり魔女のように見えた。
そのアースラモドキおばさんは睨むように僕達の姿を見まわした。
何やらまずい雰囲気が漂い始める。
「あなたたち、高校生でしょ。ダメよ、高校生は入れないわよ!」
そういえば僕たちは制服だった。そりゃダメだろう。
僕は諦めて戻ろうとした。でも、彼女は帰ろうとしなかった。
「すいません。この人、海に落っこちちゃって。シャワーと、あと服を着替えるだけでいいんです。入れてもらえませんか?」
彼女は今にも泣きそうな顔になりながら懸命に事情を説明した。
「もういいよ、葵さん。僕、大丈夫だから帰ろう」
「全然大丈夫じゃないでしょ!」
それを聞いていたアースラもどきおばさんは僕のズブ濡れになった姿をもう一度じっと見まわした。
そして彼女の訴えが効いたのか、その恐い魔女のような顔が一瞬に呆れたような顔になり、そのあとフッと穏やかな顔に変わった。
「そういうこと。じゃあ、今回は特別よ」
「え? 本当ですか?」
魔女に見えたアースラもどきおばさんが天使おばさんへと変わった。
「でも今日は週末で混んでいて満室なの。でも一番大きい部屋でよければ今清掃中なの。もう少しで準備できるけど待てる? あと部屋のお値段も少し高くなるけど大丈夫?」
「はい、入れていただけたらどこでもいいです」
「じゃあ、清掃を急がせるわね。待合室で少し待っててくれる?」
「ありがとうございます」
彼女は深々とお辞儀をした。
天使おばさんは僕達を親切に待合室まで案内してくれた。
待合室といっても小さなソファがあるだけの狭いコーナーだ。
僕たちはそのソファに並んで座った。ソファはとても小さく、嫌でも体が密着する。
すぐ横にいる彼女の吐息が聞こえるようだ。自分の鼓動がはち切れんばかりに大きく脈打つ。
まずい! 落ち着け、落ち着け心臓!
僕は心の中で願うように叫んだ。
しばらくの時間、僕にとって辛い時間が続く。
辛いのは寒さではない。いや、寒さなんて感覚、もうどこかへ飛んでいた。
濡れた服が彼女との体の密着感をさらに増幅させ、それに僕の体は素直に、そして激しく反応し始めたのだ。
鼓動はさらに大きくなった。
なんだこれ? 僕の体はどうしちゃったのだろうか?
「寒い? ハルくん」
「あ、ごめん。大丈夫だよ」
彼女が僕の顔を覗き込む。
「やだ、ハルくん、顔、真っ赤だよ! もしかして熱、出ちゃった?」
びっくりした顔で彼女が叫んだ。
「い、いや・・・・これは熱って言うか・・・・あの・・・とにかく大丈夫だから・・・・」
僕は慌てて誤魔化そうとするが、言い訳の言葉のひとつも出て来ない。
その時、僕の服の濡れによって彼女の服まで水が染みているのに気づいた。
マズい! 彼女の服が濡れちゃう。
「あ、ごめんね。冷たいよね」
僕が体を離そうと立ち上がろうとした時、彼女の手が僕の腕を抑えるようにギュっと掴んだ。
――え?
「大丈夫。私は平気だから」
「だって、葵さんの服が濡れちゃうよ」
「その分、君の服が早く乾くでしょ」
彼女はさらりと笑いながら答えた。
「でも、それじゃ・・・・」
このままでは彼女も風邪をひいてしまうのではないかと思い、無理やりにでも離れようと思った時、フロントのおばさんがニコニコしながらようやくやってきた。
「ごめんさないね、お待たせしちゃって。どうぞ、部屋の準備ができたわ」
天使おばさんは僕の顔を覘き込みながら、ルームキーをバトンリレーのようにパシッと僕の左手に手渡した。
「いい子じゃないの。がんばりなさい!」
天使おばさんはニタリと笑いながら僕にしか聞こえないように小声で囁き、僕の背中をバンと強く叩いた。
頑張れって・・・何のことだ?
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