第25話 初めてのエスケープ(4)

しばらくなだらかな坂道を登っていくと、店の前に並ぶ人の行列を見つけた。


「え? 何あれ?」


店から出てくる人はみんなとても大きい下敷きのようなせんべいを持っている。

ここの名物なのだろうか。


「おいしそう。あれ食べたい!」

「え? これに並ぶの?」


ざっと見ても二十人くらいはいるだろうか。

僕はちょっと引き気味になる。


「これだけ並んでるんだからきっと美味しいんだよ!」


僕はちょっと面倒くさい顔をしながら一緒に行列の最後尾に並んだ。

買えたのは二十分ほど経った時だった。


やっとのことで買った下敷きのようなせんべいをかじりながら、僕たちはさらに島を上へと登っていく。


「うーん。大きさがデカいだけで味は普通だね」


彼女は不服そうな顔でせんべいをかじり続ける。


「そう?」

「やっぱ、タコ焼のほうがよかったかな?」

「ううん。すっごく美味しいよ、コレ」


せんべいにバリバリとかじりつく僕を見て彼女はクスッと笑った。


徐々に標高が上がっていくにつれ、だんだんと見晴しが良くなってくる。あたりは春の花が咲き乱れていた。


「うわあ、綺麗!」


彼女は子供のようにはしゃぎながら駆け出した。


再び歩き出して間もなく島の頂上に着く。

そこには大きな展望台があり、正面には一面に青い海が広がっていた。


頂上から見える空には雲ひとつ無く、真っ青に染まっていた。


「うーん絶景だね! 来てよかったあ!」


彼女が叫んだ。


「うん。すごい気持ちいいね!」


素直に僕はそう答えた。

春の潮風が本当に気持ちよかった。


「ここね、中学の時に一度だけ家族で来たことがあるんだ。その時に、またいつかここに来たいって思ったの。好きな人と・・・・」

「ふーん」


この言葉、何か意味があるのだろうか?


一瞬、彼女が僕を睨んだ気がした。

長く延びる海岸線に沿って白い波がキラキラと輝いている。


「あそこに見える浜辺で夏に花火大会があるんだよ」

「へえ・・・」


僕は中途半端に生返事をした。


「好きなんだ・・・」

彼女はボソリと呟くように言った。


「え?」

僕は思わずびっくりして彼女に振り向いた。

そのびっくりした僕に彼女もびっくりして僕を見た。


「あ、花火ね!」

「ああ、花火ね!」

慌てる彼女に僕は肩を撫でおろした。


そりゃそうだ・・・。

僕は心の中で苦笑いをした。


「行きたかったな・・・」

彼女はまた呟くように言った。


「花火大会?」

「うん。花火大会の夜って言えば男女の恋が燃え上がる定番でしょ?」


僕は思った。

もしかしてこれは誘って欲しいサイン?


「じゃあ、また夏に来ようか。花火大会に・・・」


思わず言葉に出てしまったが、これってデートに誘いに聞こえただろうか?


すると彼女は急に寂しそうな顔になった。

「きっと無理だな・・・」


――あ・・・。


どうやら僕はまたフラれたらしい。

だったらそんな“誘って欲しいサイン”のようなセリフを言わないで欲しい。


僕の頭はまた混乱する。


「あのさ。葵さんにひとつ訊きたいんだけど」

「なあに?」

「今日、どうして僕を誘ったの?」

彼女の顔つきが少し不機嫌そうに変わる。


「どうしてそんなこと訊くの?」

「いや、僕じゃなくて誰でもよかったのかなって・・・」


彼女はすっと目を逸らし、遠く水平線のほうを見つめた。


「違うよ。君と一緒に来たかったんだよ」

「でも、僕のこと・・・好きじゃないんだよね・・・」


僕は何を言い出すのだろう。

口に出してしまったあと、すぐに後悔した。


「私、一度でもそんなこと言った?」


――え?


彼女の寂しそうな表情に僕は困惑した。

どうしてそんな顔をするんだ?


「わー、見て見て! すっごい綺麗!」

遠くに広がる水平線を指さしながら彼女が叫んだ。


さっきの寂しい表情が嘘のように明るく笑っていた。

やっぱり女の子の考えていることはさっぱり分からない。


どうして彼女の笑顔はこんなに輝いて見えるのだろうか?

確かに彼女は可愛いとは思う。けれどこの笑顔には何か別のものを感じていた。


「ねえ、どうして海ってこんなに青いのかな?」

「ああ、海が青く見えるのは太陽に光の成分の中の青以外は海水が吸収してしまうからだよ」


僕がそう答えると彼女はきょとんとしながら僕を見つめた。

どうやら答えかたを間違えたようだ。


「ごめん」

「どうして謝るの?」

「だって、こういう答えが聞きたかった訳じゃないよね。ごめん。気の利いた答えができなくて」

そう、僕にはこういう時のユーモアのセンスを持っていない。


「ふふっ」

彼女は吹き出すように笑った。


「な、何?」

「何でもない・・・」


彼女は小さく首を横に振りながらまた笑い出した。


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