第26話 初めてのエスケープ(5)
頂上に到着すると、そこには学生や多くの外国人観光客でとても賑わっていた。
「すいません。シャッター押してもらっていいですか?」
突然、大学生らしき女の人から声を掛けられた。
学生同士のカップルだろう。彼氏はサングラスをかけ、彼女らしき女性はブロンズ色に染めた長い髪を靡かせていた。
「はーい、いいですよ」
彼女が快く引き受ける。
「いきますよお。ハイ、ポーズ!」
携帯のシャッター音が軽やかに響いた。
「ありがとう。あ、君たちも撮ってあげようか?」
「え?」
その女性の気遣いに僕と彼女は思わず顔を見合わせた。
「えへっ! せっかくだから二人で撮ってもらおうよ」
僕は戸惑った。
僕は写真映りがよくないのだ。
といっても実物がいいわけでもないが。
写真は苦手というか、慣れていない。
要は写真を撮るときに笑えないのだ。無茶苦茶緊張してロボットのような顔になる。
みんなおもしろくもないのにどうして笑えるのだろうか不思議だった。
学校の集合写真では引きつった僕の笑顔が笑いものになりトラウマになった。
僕のそんな心配をよそに彼女は僕の手を引っ張って海をバックに二人で並んで立った。
近寄ってくる彼女に僕は思わず距離を置くように少し離れる。
明るい笑顔のピースサインをする彼女の横で、僕はあきらかに自分の顔が引きつっているのが分かった。
だめだ。やっぱり笑えない・・・・。
「行くよー、はい笑って!」
そんなふうに言われるほど僕の顔は引きつっていく。
「んーカレシい、なにその顔? 無茶苦茶暗いじゃん。お腹痛いの?」
確かに痛くなりそうだった。
彼女がそんな僕を横目で見てクスッと笑った。
「ほらあ、カレシ笑って! それにもっとくっつかないと写らないよ!」
彼女さんの口調がだんだんと怖くなってくる。
何で僕が怒られなきゃいけないんだろうと思いながら僕の顔はさらに強張る。
その時、彼女の手が僕の肘をグイと引っ張るように引き寄せた。
彼女の顔が僕の顔に急接近する。
「ほらあ、真面目くん、笑うぞ!」
彼女が僕に微笑みかける。
すぐ真横にあったその笑顔に僕の心臓はドキっと高鳴った。
「え?」
「おっいいね! はーい、いくよ!」
僕があっけにとられているうちにシャッター音が響いた。
撮ってもらったばかりの写真をスマホの画面で確認する。
彼女は相変わらずの眩しい笑顔で映っていた。
驚いたのは、彼女の横にいる見覚えのない間の抜けた笑顔だ。それは紛れもない僕だった。
とても不思議だった。
こんなに自然に笑えている自分が自分ではないような感じがした。
「きゃー、すっごくいい感じに撮れたね」
お礼を言ったあと、その大学生とは反対の方向に歩き出した。
「仲良くねー、かわいいカップル君たち!」
大学生は大きく手を振っていた。
彼女もお返しに大きく両手を振った。
そうか。僕たちはまわりから見たらカップルに見えるんだ。
でも複雑に寂しかった。
なぜなら僕たちは本当のカップルではないから。
島からの帰りの下り坂道をブラつきながら歩く。
雑貨が並ぶ小さな土産店に立ち寄った。
そこには海にちなんだ土産品が所狭しと並んでいた。
僕はあるストラップに目が行った。
小さなペンギンのストラップだ。
その姿はどこかで見覚えがあるものだった。
そうだ。ハルノートに書いてあったペンギンにそっくりだ。
「きゃー可愛いね、私、ペンギン好きなんだ」
彼女は僕の持っていたそのストラップを見ながら叫んだ。
「葵さん、ペンギン好きなの」
「だって可愛いじゃん!」
彼女は嬉しそうに同じストラップを手に取った。
「はい!」
彼女は笑いながら手を伸ばし、そのストラップを僕に手渡しした。
「え? 何?」
「買ってくれる? 誕生日プレゼントに」
「え? 葵さん、誕生日なの?」
「うん。明日ね」
僕は素直にびっくりした。
「あの・・・それは、おめでとう・・・・」
「ありがと」
「でも、こんなものでいいの?」
「これがいいの」
彼女はそう言いながら、今度は僕が先に持っていたストラップを取り上げた。
「で、こっちのやつは私が買ってあげるね、君に」
そう言いながらクスっと笑った。
「え? 同じものでしょ? それに僕、誕生日じゃないけど・・・」
「同じじゃないよ。君のやつは記念ってことで」
「記念? 何の?」
「もう、理由なんて何でもいいじゃん!」
呆れたようにそう言うと彼女はそれを持ってレジに並んだ。
僕も別のレジに並んで、同じストラップを別々に買った。
そして自分の買った包みを彼女に渡した。
「あの・・・誕生日おめでとう」
「フフ、ありがとう。大切にするね。じゃあこれは私から君に。大切にしてね」
彼女は自分の買った包みを僕にくれた。
これって意味があることなのだろうか?・・・・。
あるんだろうな、きっと。
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