第24話 初めてのエスケープ(3)

僕は今、学校の授業を抜け出して、女の子と二人で電車に乗っている。


ずっとルールを守るのが当たり前だった僕には考えられないシチュエーションだ。


僕の心の中はいろいろな気持ちが複雑に入り混じっていた。

学校をサボっているという罪悪感と不安感。

しかし、それを全て払しょくするような高揚感が沸きあがる。

生まれて初めての感覚だった。


「なにボーっとしてるの? あー、まさかエスケープしたこと今更後悔してるとか」

「違うよ。いや、なんか自分じゃないような気がしてさ。僕、授業をサボるなんて生まれて初めてだから。葵さんと違って」


「私だって初めてだよ」

「え? 葵さんはいつもやってるんだとばかり・・・・」

「あのさあ、前から訊きたかったんだけど、君は私のこと、どういう風に見てるわけ?」


怪訝な顔で僕を睨んだあと、悪戯っぽく微笑んだ。


どういうつもりで僕を誘ったか分からない。

でも理由なんてどうでもよくなった。

今日一日、彼女にとことん付き合おう、そう思った。


その時、彼女が中学の時にグレていたという話が頭の中を過る。

いや、たとえ彼女が昔にグレてたとしても今の彼女が彼女だ。

僕は気にしない。


僕は心の中でそう叫んだ。



僕らはターミナル駅で降り、湘南方面行きの私鉄電車に乗り換えた。


平日の午前中のためか家族連れは少なく、買い物客とサラリーマン風の人がパラパラいる程度で、電車は思ったより空いている。


一時間ほどでその電車は終着駅に着いた。


駅の改札口を抜けると、すぐ目の前に大きな海が広

相変わらずのマイペースだ。


平日ということもあるのか、思いの他に人は疎らだった。

学生のカップルも多かったが、老年配の人もけっこういるのに驚いた。


前のほうから仲が良さそうに老夫婦が歩いてきた。

二人とも六十過ぎくらいだろうか。

あんな歳になるまで仲良くできるなんて羨ましい、そう思った。


「いいなあ・・・・・」


彼女が呟くように言った。


「え?」


「あんな歳になるまで仲良くできるなんていいと思わない?」


全く同じことを思っていたのでびっくりする。


ちょっと心地いい気分になった。

でも、彼女の言った言葉は自分のものとは意味が違うことを知ったのは、ずっと後のことだった


海は壮大だ。

ありきたりな表現だけど、やっぱりそう思う。


岸に打ち寄せる波の音が心地いい。

小さい悩みなんか全て消し飛んでいってしまいそうだ。


「どうして海を見ると懐かしく感じるのかなあ。私は海の近くで育ったわけじゃないのに」


「人が海を見て懐かしく感じるのは、元々生物は海から生まれたものだからと言われているよ」

「海から?」


「そう。その大昔からの記憶が人間のDNAに記録されてるんだよ」

「君、DNAが好きだね? もしかしてベイスターズファン?」

「何? それ?」


僕は意味が分からずポカンとする。


「ごめん。今の忘れて」


なぜか彼女は恥ずかしそうに顔を背けた。


長い橋を渡ると、島の奥に向かって路地が続いている。

そこには多くのお店が連なっていた。


僕たちはゆったりとした坂道を登っていく。


土産店や海の幸の食堂などが細い坂道沿いに並んでいた。


「なんかお腹すいたな。タコ焼き食べない?」

「何でタコ焼きなの?」

「知らないの? タコ焼きって親しいカップルが食べるものなんだよ」

「聞いたことないけど・・・」


「タコ焼き、嫌い?」

「いや、好きだけど・・・」

「そう。よかった」


何がよかったのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る