第21話 二度目の告白(3)

葵さんにフラれた。


これが夢であって欲しいと思った。

でも目は覚めなかった。


気がつくと僕は屋上のペントハウスの上で外の風景を眺めていた。

ここに来るのは久しぶりだった。


「はああ・・・・・」


思わず大きくため息をつく。

自分が情けなくて仕方なかった。


フラれたことではない。

後悔はしないって決めたのに、告白なんてするんじゃなかった、なんて女々しく思ってしまったことだ。


『やるだけやってダメならしようがないじゃない。やらないほうが絶対に後悔するよ』


彼女に言われた言葉が頭を過った。その時、体の力がフッと抜けたような感じがした。

そうだ。自分の気持ちをはっきり言えたんだ。後悔することなんてない。

そう思うと心が晴れやかになった。


なんて皮肉なことだろう。彼女にフラれた悲しさが彼女の言葉で癒された。

悲しさより自分の気持ちを伝えられたという満足感が上回る。

その勇気を出せた自分が妙に嬉しく感じた。


間違いなく彼女は僕に勇気を与えてくれた。

やるだけやってダメなら仕方ない。その彼女の言葉通りだった。

フラれてはしまったけど、彼女を好きになったことは間違いではなかった。


結局、僕は思い上がっていたんだ。

いつも僕のことを気にかけてくれていたから僕に好意を持ってくれているではないかと勘違いしていた。

よく考えたら僕のことを好きだったら僕の恋の手伝いをするわけがない。

簡単に分かることだった。おめでたい自分に苦笑する。


今度、彼女に会ったら明るく挨拶をしよう。

そして『今までありがとう』とお礼を言おう。


そう思ったあと、心の奥に引っかかっていた疑問が沸きあがってきた。 


葵さんはそもそもどうして僕の恋の手伝いをしてくれたんだ?

彼女とはクラスメイトでもない。知り合いでもなかった。


あの告白をした日、彼女は僕に声をかけてくれた。

グズグズしていた僕の告白を後押ししてくれた。


でも、どうしてそんなことしたんだ? 

ひたすら理由を考えたが答えは見つからなかった。


はっきりしていることは、僕は彼女にフラれたという事実だ。

 


翌日の火曜日の昼休み、空はどんよりと曇り、時折に肌寒い風が吹いていた。


僕はなるべく目立たないように屋上の隅のほうで小説を書いていた。

ペントハウスの上はあれから鍵がしっかりと掛けられ、一般の生徒は入れないようになっていた。


残念だが仕方がない。元々立ち入り禁止の場所だったのだから。

入れないのが分かっているのに屋上に来たのは、彼女に会えるのではないかとの僕は期待しているのだろうか。


別に彼女に未練がある訳ではない。

ただ、もう一度会って、お礼を言いたかった。


次に会う時は何事も無かったように明るく挨拶をしようと決めていた。

僕に後ろめたさを感じさせても申し訳ないし、自分は大丈夫だということを伝えたかった。

そう。葵さんとは今まで通り友達として付き合っていきたい、そう思っていた。


結局、その日は葵さんに会うことはなかった。


僕は麻生さんと付き合うことも止めることにした。

葵さんにフラれたから麻生さんにしよう、というわけにはいかないだろう。

それは麻生さんにも失礼だ。


水曜日、一時限目にA組と合同の美術の時間があった。


今日は葵さんに会える、そう思いながらA組の教室に入った。

僕はすぐに彼女の姿を捜す。できるだけ自然に挨拶をしよう、そう思っていた。

しかし、彼女の姿は見当たらない。


休み時間なのでどこか別の教室に行っているのだろうか。

でも、授業が始まっても彼女は姿を現すことはなかった。どうやら彼女は欠席らしい。



木曜日は朝から小雨が降り続いていた。

朝の天気予報では午後から晴れると言っていたが、昼休みになっても雨は止まなかった。

今日は屋上に行くことは難しそうだ。


僕は葵さんのことが気になり、A組の教室を覗いて彼女の席を見る。

そこには誰も座っていなかった。

やっぱり今日も休みらしい。


僕の心の奥ある不安な気持ちがだんだんと膨らみ始める。


「冴木君?」


聞き覚えのある女子の声が聞こえた。振り返ると麻生さんが立っていた。

心の準備ができていない僕は言葉に詰まった。


「誰かに用事?」

「あ、ごめん。誰にも用は・・・・・」


馬鹿か僕は。用事も無いのに隣の教室まで来るわけないだろうに。


窓から聞こえる雨の音が激しくなる。


「雨、凄いね・・・・・」

麻生さんが外を見ながら呟くように言った。


「うん・・・・・」

僕の頭の中は彼女のことでいっぱいだった。


「もしかしてスズメちゃんのこと、捜してた?」

「いや・・・違うよ」

鋭い質問に僕は目いっぱいに平然を装った。


「スズメちゃん、このところずっと休んでるよ」

「え? ど、どうして?」

思わず顔が引きつった。


「やっぱりズズメちゃんのこと、捜してたんだ」

麻生さんはくすっと笑いながら上目使いで僕を見た。

バレバレだ。


「ご・・・ごめん」

「別に謝ることないけど・・・・・」

「風邪か、何かなの?」

「ううん。先生は詳しいことは言わないけど、三学期中はもう来られないようなこと言ってたよ」


 ――え?


僕は愕然とした。


「気になるなら、先生に詳しいこと訊いてあげようか?」

「あ、ごめんね。大丈夫。ありがとう。本当にごめんね」


僕は何度も頭を下げながら逃げるように教室を後にした。

窓の外を見ると雨雲で夜のように暗くなっていた。

僕のまわりの空気が全て暗くなった感じがした。


どういうことだろう。風邪じゃないのか? 

この前会った時は、そんなに具合が悪いようには見えなかったけど。


異様な不安感が込み上げてくる。

三学期の授業は今週で終わりだ。

このまま終業式まで来なければ春休みが終わるまで彼女とは会えない。

 

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