第20話 二度目の告白(2)

「あのさ、菜美ちゃんにきちんと好きだって言わなきゃダメだよ」

それは彼女からは聞きたくない言葉だった。


「どうして・・・そんなこと言うの」

「ハルくん、あれから菜美ちゃんに一度もきちんと会ってないでしょ」


確かにデートをしたあの日以来、会っていない。

それどころかまともに話もしてなかった。


「知ってた?」

「どうして菜美ちゃんと会わないの? 菜美ちゃんのこと好きなんでしょ」


僕は言葉に詰まった。


「もっときちんとしなきゃダメだよ」


彼女のその言葉はずっと抑え込んでいた僕の心に亀裂を入れた。


「きちんとするって、どういうことさ?」

僕の話し方が思わずキツくなった。


「自分の気持ちに正直になればいいんだよ」

彼女は変わらない口調でたんたんと答えた。


その話し方に僕の心が崩れ始める。


「あのさ、前から聞きたかったんだけど、葵さんはどうして僕のことを応援してくれるの?」

彼女はその言葉にちょっとたじろぎながら僕を見た。


「どうしたの? 急に」

「急にじゃないよ。ずっと考えたんだ。でもどうしても分からない」

「だって君は菜美ちゃんのことを好きなんでしょ? 君と菜美ちゃんはお似合いだと思うから・・・二人がうまくいって欲しいって思ってるからだよ」


「僕が麻生さんのことを好きだって思ってるから応援してくれてるの?」

「もちろん、そうに決まってるじゃない。何言ってるの?」


彼女はとても不思議そうな顔をした。

その悪びれた様子も感じられない表情に僕の気持ちの軋みは限界を超えた。


「じゃあ、もういいよ」

「もういいよって・・・どういう意味?」


「もう僕の応援をしてくれなくていいよ」

「どうして?」


「僕が・・・」


 言葉が詰まる。


「どうしたの?」


「僕が好きなのは葵さんだから」


彼女の顔が驚いて固まっていた。

でもその言葉を口にした僕自身も驚いていた。


言っちゃった。

僕は彼女から思わず目を逸らした。


しばらく沈黙が続いた。

彼女から返ってくる言葉が怖くて逃げ出したくなった。


「あーっ、なんだあ!」

 彼女が笑いながら叫ぶ。


――え、何?


「そっかあ。告白のリハーサルだね。びっくりした。うん、いい感じだよ。ドキッとしちゃった」


「違うよ!」

僕は思わず叫んだ。


「分かったんだ。僕が好きなのは葵さんだっていうことが」

「え?」


彼女の笑顔がスッと消えた。


僕はずっとイラついていた理由が分かった。


自分にイラついていたのではなかった。

僕の気持ちが全然分かっていない彼女にイラついていたんだ。


彼女にイラついていたのはずっと前からだった。

初めて彼女とデートの練習をした時、僕は彼女に言いようのない怒りを覚えた。


それは葵さんのことを好きだったのに、僕と麻生さんを付き合せようとする彼女の言葉に憤りを感じてしまった。


彼女は俯いたまま黙っていた。


「あの・・・・僕と付き合って欲しいんだ」


言った。

でも、やはり彼女は黙ったまま何も答えてくれなかった。


彼女は思いつめた表情をしていた。

困惑している様子が嫌でも伝わった。


彼女から出てくる言葉を静かに待った。

鼓動が脈打つ音が聞こえる。その脈は今にも破裂しそうに激しかった。

沈黙の時間が異様に長く感じた。


「ごめん・・・・」


彼女は呟くような小さな声で言った。


「え?」

「私、君とは付き合えないよ」


目の前が一気に真っ暗になった。

「わかった・・・・・」


僕はその一言を懸命に絞り出した。


やっぱり告白なんかするんじゃなかった。

そう心の中で叫んだ。


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