第19話 二度目の告白(1)

週が明けた月曜日、今週はいよいよ高校二年最後の週になる。


この日は朝から雨が降り続く嫌な天気だった。

雨は予報通り放課後の時間になっても降り続いていた。


今日は部活の日ではあったが、雨の日はコートが使えないため部室でのミーティングとなった。

その日は簡単な打ち合わせのあと三十分程度で解散となった。

僕はラッキーと思いながらカバンを取りに自分の教室へと向かった。


校内にいた生徒はほとんど帰宅してしまったようで、どの教室も人は疎らだ。

A組の教室の前を通った時だ。後側の扉が開いており、一瞬だが教室の中が目に入った。

そこに女子生徒がひとり奥の席でぽつりと座っているのが見えた。

後ろ姿ではあったが、それが葵さんであることはすぐに分かった。


声を掛けようかどうか迷ったが、そのまま通り過ぎようと思った。

でも気がつくと僕の足は止まっていた。


扉から教室を覗き込む。

どうやら他の生徒はみんな帰っていて、彼女以外誰もいないようだ。

彼女は俯いたままじっとしていた。


何をしてるんだろう?


僕はそっと教室の中に入る。

僕の姿が見えてないのか、彼女は下を俯いたまま気がついていない。


声を掛けようと思った瞬間、俯いてる彼女の寂しそうな顔が目に入り、僕はそのまま動けなくなった。


何も言えずに固まったまましばらくの時が過ぎる。

僕は声を掛けるタイミングを完全に失っていた。


すると彼女はクッと顔を見上げたと思うと、そのまま立ち上がり、僕のほうに振り向いた。


「わっ!」

「わっ!」


彼女はやたらびっくりした顔で叫んだ。

その彼女の反応に僕もやたらびっくりして叫んだ。


「あっ、ごめん。びっくりさせちゃった?」

「マジメくんじゃん。びっくりした。脅かさないでよ!」

「ごめんね、驚かせるつもりじゃ・・・いや驚かすつもりだったけど・・・」


僕はしどろもどろになりながら訳の分からない言い訳をした。


「今日は部活が雨で休みになったんで帰ろうと思ったんだけど、葵さんが見えたから…」

「ふーん」


しばらく間が空き、ちょっと気まずい雰囲気が漂う。


「あの・・・何かあったの?」

僕は探るような言い方で訊いた。


「え? なんで?」

「さっき、何かとても悲しそうな顔してたから」


マズい。あからさまに言い過ぎただろうか?


「やだ、恥ずかし・・・・・いつから見てたの?」

「あ、ごめんね」

「いいよ、謝んなくて。相変わらずだね、真面目くんは。私、そんなに悲しそうな顔してた?」


彼女は惚けたように顔を背けた。

やはりいつもと違う、直感的にそう感じた。


「ハルくんて、何部だっけ?」

「あ・・・テニス部だけど」

「そっかあ、テニス部かあ。ケイ君目指してるとか?」

「なれるわけないでしょ!」

「だよね」


彼女はそう言いながらクスッと笑った。

その笑顔はいつもの彼女のものだった。

それを見て僕は少しホッとした。


「ね、テニスって楽しい?」

「うん、そうだね。練習はちょっと辛い時もあるけど。でも自分の思い通りのショットが打てた時はすごく気持ちいいよ」

「そっかあ、私も今度やってみたいな、テニス」

「葵さんは何かスポーツやるの?」

「ううん。私、運動は苦手だから」


会話はここで止まり、そのまましばらく沈黙が続く。


「あのさ・・・」

彼女がぽつりと呟く。


「何?」

「睨めっこしようよ」

また突然に訳の分からないことを言い出した。


「あの・・・ここで?」

「どこでやりたいの?」


彼女の会話は追い込み漁のごとく逃げ場を塞ぐ。


「じゃあ、いくよ。先に目を逸らしたほうが負けだよ。せーの、はい!」


掛け声と共に彼女は僕をさっそうと睨み始める。

僕は周りを気にしながらも慌てて彼女の顔を見つめた。


やっぱり恥ずかしい。

でも不思議と彼女から目を逸らさずに見続けることができた。


沈黙のまま睨みあう時間が続く。

彼女はじっと僕の目を見つめ続けていた。

何か妙な雰囲気になってくるのを感じた。

心臓の鼓動が大きく波打つのをひしひしと伝わる。


「あのさ・・・」

彼女が探るように口を開いた。


「何?」

「キスのリハーサルもしておく?」

「え!」


その言葉に僕は思わず目を逸らした。


「はい! ハルくんの負け」

「は?」


どっと肩を撫で下ろした僕を見ながら彼女はしてやったとばかりにガッツポーズをした。


「やめてよ。そういうの有り? 反則だよ」

「ふふ、キスは菜美ちゃんとできるようにがんばりな」


どうしてそういうことが軽く言えるのか。僕は気持ちも知らないでいい気なものだ。


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