第18話 気づかぬ想い(2)

「ごめんね。実はこれ、僕が書いた小説なんだ」


「もしかして、これが前に言ってた小説ノート?」

「うん。でも、まだ人に読ませられるようなものじゃないから」


「ずっと他人ひとに読ませないの? それって誰かに読ませるために書いてるんじゃないの?」


もっともな意見に僕は言葉を返せなかった。


「見たい?」

「見たい」


物欲しさ満々の顔で僕を見ながら言った。


「あまり面白くないよ・・・・・」

「わあ、じゃあ、少しはおもしろいんだ」


からかうような言い方にちょっとイラついた僕は彼女を上目で睨んだ。

「やっぱりやめた!」


「ごめん、嘘だよ。本当に冗談が通じないなあ、君は」


彼女は僕をなだめながら苦笑いをした。

どうせ僕は冗談が通じないつまらない男だ。


「全然おもしろくないよ、きっと」


僕は俯きながら彼女にハルノートを手渡した。


「そんなにハードル下げなくてもいいじゃん」

「下げる以前に飛びたくないんだ」

「飛んでみたら、けっこう飛べちゃうかもよ」


彼女はそう言いながらノートの表紙を見つめる。

しかし、黙ったまましばらく中を見ようとはしなかった。


「どうしたの?」


彼女はすっとノートを僕の前に差し戻した。


「やっぱり、いいや」


 ――え?


「君が本当に私に読ませたいと思うようになったら、読ませてもらう」


彼女はそう言いながらニコリと笑った。


どういう意味だろう。

何か彼女の気を悪くさせることを言ってしまったのだろうか?


「ハルくんは小説家を目指してるんだ」

「目指してるなんて、そんな大袈裟なものじゃないよ。憧れてるっていうだけかな」


「楽しい? 物語を書くのって」

「うん、とっても楽しいよ。物語って冒険とか未来とか、いろんな世界に連れてってくれるでしょ。今までに何度も僕を勇気づけたり感動させてくれたんだ。だから僕も将来そんなふうに大勢の人を勇気づけたり感動させる物語を書いてみたいんだ」


思わず大口を叩いた僕を彼女は優しい顔でじっと見ていた。


その時ハッとなる。


「ごめん。僕、偉そうに何言ってるんだろうね」

「いいじゃない! かっこいいと思う。私応援するよ」


この時、僕は不思議な感覚に包まれていた。

自分の夢を他人ひとに話したのは初めてだった。

親にだって話したことがない。

だから夢を応援されるのも初めてだ。


いや違う。初めてじゃない。ペン子さんがいた。

応援してくれたのはペン子さんが初めてだ。


そもそも麻生さんに声を掛けたのはペン子さんだと思ったからだった。

 

「そう言えばあれから菜美ちゃんと会ってるの?」

 あまりにもタイミングの良すぎる質問に僕は焦った。

心が読まれたかとも思った。


「ごめん。あれからはまだ・・・・・」

「私に謝らなくてもいいけど。でもどうして誘わないの?」


僕は何も答えられなかった。


そうだ。どうして麻生さんを誘わない? 

友達とはいえ、せっかく付き合うように声を掛けたのに。


「菜美ちゃんに今度会ったら、しっかりと好きだって言うんだよ」

「え? 好き?」


僕は思わずたじろいだ。


「好きなんでしょ? 菜美ちゃんのこと」

「いきなりそんなこと言えないよ。一回しか会ってないし、まだ友達になったばかりだよ」

「あ、フラれるのが怖いんだ?」


あっさりとストレートに訊いてきた。

彼女にとって恋愛はこんな軽い感じが普通なのだろうか。

やっぱり僕とは感覚が違うのかもしれない。


「まあ、やっぱり怖い・・・かな」


僕はあくまで一般論のつもりで答えたのだが、彼女はそうは思わなかったようだ。


「大丈夫だよ。結果なんて考えないで自分の気持ちを伝えればいいんだよ。たとえダメだったとしても、やるだけやったらきっと後悔はしないから」


彼女は懸命に僕を応援してくれた。

でも僕の気持ちは複雑だった。


麻生さんのことが本当に好きなのか、僕自身がはっきり分かっていなかったからだ。

でも、とてもそんなことを言える雰囲気ではなかった。

たいい加減だと怒られそうだ。


その時、昼休み終了のチャイムが鳴った。


「じゃあ、またね。まあ私でよかったらいつでもリハーサルに付き合うから」

彼女はニコリと笑うと教室へ向かった。


僕は大きくため息をついた。

僕はイラついていた。

自分のいい加減さにイラついているのか、自分でもよく分からなかった。


教室に戻る廊下の前方から男子生徒がこちらに向かって歩いてきた。

その彼は僕と同じライン上を歩いている。


このまま行くとぶつかってしまいそうだったので僕は右側に避けるように歩いた。

すると、その男子も僕と同じ方向に向かってきた。

そして、その男子は僕の行く手を塞ぐように目の前で立ち止まった。


何? 僕、何かした? 

別にガン見とかしてないし・・・。


僕は下に向けていた自分の目線を恐る恐るその男子の顔に向けた。


「あのさ、お前、ズズメのこと、好きなのか?」


 ――え?


あまりにも唐突に突きつけられた質問は僕を硬直させた。

クラスメートではなかった。


いわゆるイケメンで遊んでそうなタイプ・・・そう僕とは真逆の『アクティブタイプ』の男子だ。


クラスは違うが見覚えがある顔だった。

そうだ、A組の生徒だ。

共同授業の美術の時間で見たことがある。


「スズメって葵さんのこと?」

「そうだよ。最近よくスズメと一緒にいるだろ?」


屋上で彼女と一緒にいたのを見ていたのだろうか。

でも、どうして声を掛けられたのか?


僕は思わず身構えた。


「かわいそうだから教えといてやるよ。あいつには気をつけな」


 ――え?


「あいつ、どんな男にもホイホイついていくタイプで、とっかえひっかえ男と遊んでるから。中学の時もかなりグレてて一年留年してるらしいし」


男と遊んでる? 

グレて留年? 

彼女が?


その言葉は純粋に僕にショックを与えた。

でも、自分には関係ないと思われるように精一杯に平然を装った。


「あの、どうして僕に・・・?」

「お前、純情そうだから、あいつに本気になって傷付きでもしたらかわいそうだから教えといてやろうと思ってさ」


「いや、別に僕は・・・」

「そうか、ならいいけどさ。まあ気をつけな」


そう言うとその男子は階段を足早に駆け上っていった。


どうしてあの男子はあんなことを僕に言ったのだろうか。


確かに彼女については男遊びが多いとか、あまり良くない噂を聞いたことがあった。

でもそんなことは僕には関係無いと自分に言い聞かせた。


しかしその男子の言葉は僕の心の奥に突き刺さり抜けることはなかった。


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