第17話 気づかぬ想い(1)

あの日以降も昼休みに屋上には行っていない。

だから屋上で彼女と会うこともないし、


もちろん麻生さんともなかった。

でも美術の授業は彼女のいるA組との合同なのでここでは顔を合わせない訳にはいかなかった。


授業は人数の多いA組の教室で行われるため、僕はいつものように美術用具を持ってA組の教室へと向かった。

僕は目立たないように教室に入るなり彼女と麻生さんの姿を捜していた。

すぐに賑やかに話をしている男女数人のグループの輪の中に彼女を見つけた。


彼女は四人のグループの中にいて、とても楽しそうに笑いながら喋っていた。

グループの中でも一番テンションが高そうだ。

きっとクラスの中でもけっこう目立っている存在だろう。


そのあとすぐ麻生さんも見つけた。

麻生さんは対照的にひとりで目立たないように教室の後ろのほうにある自分の席で文庫本を読んでいた。僕は自然と葵さんに目が行った。


葵さんの視線が一瞬こちらに向いた。

僕に気づいたのかと思ったので手を挙げた。

でも彼女は僕を無視するかのようにすぐに友達のほうに向き直り、何事も無かったように喋り続けていた。


あれ? 気がつかなかったのかな・・・。


結局、その日は葵さんと麻生さんにはこちらから話かけることも、話かけられることもなく、美術の時間は終わった。

僕の心の中に変なモヤモヤ感が残った。


気がつくと僕は自然に彼女のことを意識するようになっていた。

自分でも理由は分からなかった。


放課後になると、僕は部活のため部室へと急いだ。

僕はテニス部に属している。


体を動かせば少しはこのモヤモヤ感がすっきりするかと、今日はいつもより懸命に体を動かした。

けれども、やはり心の中に燻るモヤモヤ感は抜けることはなかった。


練習の終わりに、学校の近くにある中央公園までランニングをすることが日課になっていた。

テニス部員十数人が大きな掛け声と共に校門を抜け、中央公園へと向かう。

学校内では特に気にならないのだが、学校の外で大きな声を上げることにはちょっと抵抗があった。


公園内の遊歩道に入ると、帰宅途中の生徒が多く歩いていた。


その時だ、見覚えのある女子生徒の後ろ姿が僕の視界に入った。

まだ遠目であったが、それを彼女だと認識するのに時間はかからなかった。

だが同時に強いショックが僕の心を襲った。

彼女の横に親しそうに男子生徒が並んで歩いていたからだ。


僕は反射的に彼女から見えないように反対側の列に移り、隠れながら走った。

テニス部員の列は二人を追い抜いていく。


その瞬間、僕はちらりと二人のほうに目をやった。

二人とも話に夢中で、僕に気づく気配はなかった。

彼女はとても楽しそうな笑顔をしていた。

二人の歩いている距離感とその雰囲気から、かなり親しげな関係であることが僕でも分かる。


その男子は見覚えのある顔だった。確かサッカー部の武田君だ。

彼氏? 

でも葵さんはこの前フラれたばかりって言ってたけど・・・・・。


胸がまたキュっと苦しくなった。この痛みは何なのか考える。

でも、僕はその理由(わけ)を出てくる前に飲み込んだ。



その日の昼休み、僕は数日ぶりに屋上へ出た。


三月に入り、暖かくなってきたせいか屋上に来る生徒もかなり増えていた

でも、そこには葵さんの姿も麻生さんの姿も無かった。


僕は微妙な気持ちだった。

ほっとしたような、がっかりしたような・・・・・。


僕は何かを期待してここに来たのだろうか? 

最近、自分の気持ちを自分で理解できないことが多くなったような気がする。


久しぶりの屋上は気持ちよかった。

フワリとした暖かい南風が春が来たことを感じさせる。

何か今日はいいストーリーが書けそうな気がした。


ちょっと心地いい気分になりながら僕はペンを走らせていた。


「ハルくん」


僕は慌てて書きかけのノートを閉じた。

顔を上げると彼女が腕を後ろに組みながら目の前に立っていた。


期待をしていなかったといえば嘘になるがやっぱり驚いた。

昼休みの屋上の給水塔に久しぶりに現れた彼女の笑顔は相変わらず眩しかった。


「あっ、ごめん。もしかして勉強の邪魔だった?」

「あ、いや大丈夫。勉強なんかしてないから」


僕は慌ててノートを後ろに回した。


「あ、何か隠した」


まずい。見つかった?


「分かった! そのノートにエッチな本挟んで見てたんでしょ」

「そんな訳ないでしょ!」


そう言いながら顔が熱くなる。

彼女はそんな真っ赤になった僕を疑うような目で見た。


「嘘だ。エッチなグラビアとか載ってる雑誌でしょ?」

「だから違うって!」


僕がちょっと油断していた時だった。


「スキあり!」

彼女は僕の後ろに隠してあったノートをすっとさらった。


――あ!


「ノート?」

「やめろよ!」


彼女がそのノートを開こうとした瞬間に僕は叫びながら彼女の手からノートを取り上げた。

その激しい声にびっくりしたのだろう。

彼女は怯えるような顔で僕を見た。


「ごめん!」

僕は我に還り、すぐに謝った。


「ううん。私こそごめん。ちょっとふざけただけだったんだ」

彼女は俯きながら謝った。


僕は何をムキになってるんだ。

悪いのは僕だ。


でも、このノートはペン子さん以外には誰にも見せたくなかった。


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