第16話 ハルの想い

「あー、マジメくん、こんなとこに居た」


妙に明るい聞き覚えのある声が響く。

顔を上げると腕を後ろに組みながら立っている彼女がいた。


その日、僕は昼休みは校舎の中央にある中庭のベンチにひとりで座っていた。


あの日以降、僕は昼休みに屋上に行かなくなった。

いや、行けなくなったというほうが正しいだろう。


デートが散々だったので麻生さんと顔を合わせるのが気まずくなったのだ。


「あ、こんにちは」


ベンチに座っている僕は縮こまるように小さく挨拶をした。


「最近、屋上に顔見せないじゃん。どうしたの?」


僕は答えに困った。


「ごめん」


「私に謝ることはないけどさ。まさかとは思うけど、菜美ちゃんや私のこと避けてる?」


相変わらず遠慮なくストレートを投げ込んでくる。


「いや、避けてるってわけじゃないんだけど・・・・・なんか、やっぱり・・・・・」

「やっぱり・・・・?」

「何か顔を合わせづらくって・・・・・」

「それを避けてるって言うんだよ」


「ごめん、確かにそうだね。でも、僕、麻生さんを随分怒らせちゃったし。きっと向こうも会いたくないと思ってるよ」

「何でそう決めつけるかなあ。あのさ、菜美ちゃんの気持ちはともかく、自分はどうなの?」

「自分って?」

「君の気持ちだよ! 好きなんでしょ? 菜美ちゃんのこと」

「・・・・・」


僕は答えることができなかった。


そうなんだ。

僕はまだ自分の気持ちの答えが見つけられていなかった。


「どうしたの?」

「考えてたんだ」

「何を?」

「この前、僕が葵さんに言った言葉。好きじゃなかったら付き合う資格がないって言ったよね」

「確かに言ってたけど・・・・・それが何?」


彼女を見ると顔色がサアッと冷たく変わったのを感じた。


「まさか、菜美ちゃんを好きじゃない・・・・・なんてこと言うんじゃないよね?」


僕は黙って俯いていた。

肯定も否定もできなかった。


「実はよく分からないんだ。自分でも」

「ちょっと、冴木くん?」


彼女はびっくりした顔して僕を睨んだ。


「正直言うとさ、僕、そもそも女の子と付き合う自信がないんだ。おもしろいこと全然言えないし、喜ぶこと何もできない。僕と一緒にいてもつまらないと思う」


「それって自分から告白しておいて無責任じゃない?」

「その通りだよね。自分でもひどいヤツだと思う」


彼女は僕の言葉を聞いて大きなため息をついた。



「ホント正直だね。でもそれが君のいいところなのかな? でも君はつまらないなんてことないよ。私は君と一緒にいるととっても楽しいよ」


「いいよ、気を使ってくれなくても。あの日、葵さんは僕に助け舟を出しちゃったから責任感じてくれてるんだね」


その僕の言葉に彼女は妙に戸惑っているように見えた。


「別に・・・・・そんなつもりないけどさ。大体、つまらないなんて自分で決めつけなくていいんじゃない? それは相手がどう思うかだよ」


「自分のことは自分が一番分かってるよ。それに僕はおもしろいこと言える言えない以前に女の子の前だと全然喋れなくなっちゃうんだ」


「自分のことを一番分かるのって、本当に自分なのかな? その人のいいところって、他人のほうが分かるってこともあると思うよ。それに女の子と話せないって言ってるけど、私とこんなに喋ってんじゃん」


――あ?


本当だ。

今気づいたが、女の子とこんなに自然に話すなんて初めてかもしれない。

「それにさ、君、よく見るとけっこうかっこいいし」


彼女はちょっと照れたような仕草をしながらもサラっと言った。


アクティブタイプの人はこういうことをサラっと言えちゃうんだ。

まあ社交辞令だろうけど。

でもこういう軽いところが正直とても羨ましかった。


「よくそういうことよくサラっと言えるね」

「こういうことはサラっと言わないと恥ずかしいの」


なるほどね。確かにそうだ。


「葵さんてさ、いつもこうやって人の応援するの?」


彼女は僕の質問に目を丸くした。


「そういうわけじゃないけど・・・・・でも人の応援するのって、やっぱり楽しいかな」

「確かに葵さんはいつも楽しそうだよね」

「うん。とっても楽しいよ。毎日友達とおしゃべりしたり、美味しいもの食べてるし、気持ちいいベッドで寝てるし」


「別に・・・そんなの当たり前じゃない?」

「うん、そうだよね。でもその当たり前なのが楽しいし幸せって思えるんだ」


僕はその言葉の意味がその時はまだ分からなかった。



彼女が思い出したように手をポンと叩く。


「リハーサルしよう」


彼女はいつものように唐突に叫んだ。


「リハーサル? 今度は何の?」

「呼び方だよ。名字じゃなくて名前で呼ぶの。そのほうが親しみを感じるでしょ」


「名前って?」

「まさか私の名前忘れちゃったの? 冷たいなあ」

「覚えてるよ。スズメ・・・ちゃんでしょ。それでいいの?」


「うーん。ズズメでもいいけど、君には本名の涼芽すずかって呼んで欲しいな。家族しか使わない、ありがたい呼びかただぞ」


「スズカ・・・?」

「そうそう」


彼女は嬉しそうに目を細めた。慣れていない僕は真っ赤になった。


「ふふ、そんなに真っ赤にならなくてもいいじゃん。名前を呼ぶだけだよ」

「ごめん」


「じゃあ、君のことも名前で呼んでいい? はじめくん・・・・・だっけ?」

「いや、実は僕の名前、始って書いて“ハル”っていうんだ」

「ハル? 変わった読み方だね」


「みんなには“ハジメ”って名前で通ってるからハジメのままでもいいよ。女の子の名前みたいだし、あまり好きじゃないんだ・・・」

「そんなことないよ。名前じゃん。もったいない」

「あ、ありがとう・・・」


僕はちょっと自分にびっくりしていた。

本当の呼び方を他人ひとに言ったのは何年ぶりだろう。

いつも説明するのが面倒くさくて本当の呼び方を言うことなんかなかったのに。

どうして彼女には言う気になったのか自分でも分からなかった。


「へえ、ハルくん・・・かあ」


彼女はなぜか嬉しそうな顔して笑った。

そのあどけない素直な笑顔がとても心地よく感じた。


僕は家に帰ってベッドで倒れ込んだ。

そして自分に問いかける。


僕は麻生さんのことを本当に好きなのだろうか?

  

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