第14話 初めての彼女の部屋(3)

気がつくと、僕は彼女に連れられてレンガづくりの門扉をぬけていた。


玄関までの長いアプローチのまわりに色とりどりの花が綺麗に咲き並んでいた。

ガーデニング好きなのがよく分かる庭だ。


彼女は制服のポケットから鍵を取り出し、玄関のドアに差し込む。

「あれ?」

驚いたように彼女が呟いた。


「あれ? お母さん。帰ってるのかな?」

どうやら鍵が開いていたことが意外だったようだ。


「あ、冴木くん、どうぞ」

彼女に招かれ、恐る恐る玄関のドアをくぐる。

何かとてもいい香りがした。


「おじゃまし・・・・・ます」


女の子の家に入るのは、僕の記憶の限りでは小学校の学芸会での劇の練習でクラスメートの女の子の家に行った時以来ではないだろうか。


「ただいま!」

彼女が家の中に向かって声を掛ける。


「おかえり」


家の奥から返事が返ってくると同時に上品そうなスーツ姿の女性が出てきた。

彼女のお母さんだろう。

どうやら彼女はお母さん似のようだ。


「お母さん、今日は早かったんだね」

「ええ。さっき帰ったばかりだけど。会社の用事で寄るところがあって、そこからそのまま帰ってきちゃったの」


スーツが綺麗に決まっていた。

キャリアウーマンという感じがする。


「あら、お友達?」

「うん、学校のお友達なの。冴木くん。ここまで送ってくれたんだ」


彼女はちょっと戸惑った感じで答えた。

僕は来たことを半分後悔しながらも緊張しているのを悟られないよう平然を装おうとした。

だが、恐らく顔が強張っていてバレバレだっただろう。


「あ、突然すいません。冴木・・・・・です。おじゃまし・・・・・ます」

緊張のあまり声がひっくり返ってしまった。


ダメだ! 緊張して思うように声が出ない。


「いらっしゃい。どうぞ」


お母さんはそんな僕を見てかクスっと笑った。

ガチガチに緊張している僕を見ておかしかったのだろう。

顔から火が出るほど恥ずかしかった。


彼女の部屋は僕がイメージしていた女の子の部屋とはかなり違っていた。

女の子にお決まりのぬいぐるみはあるものの数は少なく、少女漫画チックな飾りもない。

必要なものがしっかりと揃っているシンプルなものだった。


ノックの音が鳴る。

彼女が返事をしたと同時にお母さんがお茶を持って入ってきた。


「あっ、ごめんなさい。ハーブティーだけどよかったかしら?」

「あ、はい。ありがとうございます」

彼女はお母さんからお茶を乗せたトレイを受け取った。


「あ、涼芽。私これから買い物に行ってくるから。夕方まで戻れないけど、あとよろしくね。じゃあ冴木君、ゆっくりしていってね」


お母さんが出掛ける? ということは家には彼女と二人きり・・・・・。

そう思った瞬間に心拍数がさらに上がった。


落ち着け。とくかくまず落ち着け。

呪文のように自分に言い聞かせる。


「どうかした?」

「ごめん。いや、女の子の部屋とか、こういうのに全然慣れてなくて・・・・・」

「あ、もしかして女の子の部屋に入るの、初めて?」


僕は顔をひきつりながら頷いた。


「ふふ。そんなに緊張しないでよ。リハーサルだよ、リハーサル」


彼女はなにやら嬉しそうにそう言いながらティーカップを僕の前に静かに置いた。


「あ、言っとくけどヤラしいのは無しだからね。真面目な男の子ほどイヤラしいって言うもんね」

「そんなこと無いよ!」

変にムキになりながら否定すると体が熱くなった。

顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。

そんな僕を見ながらまた彼女はくすっと笑った。


僕は誤魔化すようにティーカップを慌てて掴み、一気に紅茶を飲み干した。

張り詰めたような沈黙の時が続いた。

時間としては多分僅かだっただろう。

しかしガチガチに緊張した僕の体には拷問のように長く感じられた。


何か喋らなきゃ・・・・・。

そう思いながらも、焦って気だけが空回りする。


「あの・・・・・さ・・・・・」

僕は声を振り絞った。


「うん?」

彼女が首を傾げる。


「あの、ハーブティって・・・・・ハーブの味がするよね」

彼女はお茶を口に含んだまま目を大きく広げ、不思議そうに僕の顔を見つめていた。


僕は一体何を言ってるんだ? 

また自分に呆れ果てる。

人は緊張した時、力を発揮するタイプと萎縮してダメになるタイプがいるというが、僕は圧倒的に後者だった。


「冴木くんってやっぱりおもしろいよね。ちなみに君はハーブって食べたことあるの?」

「あ、そういえば・・・・・無いかも・・・・・」

堪え切れず彼女は大声で笑い出した。 


「ごめん。そんなに可笑しかったかな?」

「あ、笑ってごめんね。でも冴木くんって絶対おもしろいよ。言われない?」

「まあ、確かに、言われることあるけど・・・・・」

「だよね!」

彼女はまた笑い出した。


「あの、この前は本当にごめんね。酷いこと言って」

僕は昨日のことをまた謝った。


「だからもういいよ。実は私も帰ってから思ったんだ。私がどうこう言うことじゃないって」

「違うよ。葵さんの言うことは本当だよ。僕は変わらなきゃダメだと思ってる。もっと積極的になりたいって思ってるんだ。ただ、他人(ひと)から言われたくなかっただけなんだ。男らしくないよね」

僕は素直に謝ることができてホッとしていた。


「じゃあ、もう大丈夫だね。今度は菜美ちゃんとしっかりね」

「うん・・・・・」


 あれ? そういう話だったっけ?

 心の中に変な違和感が漂っていた。


「葵さんはさ・・・・・付き合ってる人、いるの?」


思わず言葉に出してしまったあと、言った自分に驚いた。

あからさまに訊いていいものだったのだろうか?


「あ、それ訊いちゃう?」

 悪戯っぽく笑った彼女の言葉の理解に苦しんだ。


「実はね、ちょっと前まではいたけど、別れたんだ」

「え?」


「フラれたんだ。私」

「あ、ごめん!」


訊いてはいけないことだったと後悔した。


「ううん、大丈夫だよ。実はそんなに落ち込んでないんだ。私もその人のこと、あまり好きじゃなかったのかもしれない」


あっさりと答える彼女に僕は少しばかり違和感を持った。

やっぱり彼女は噂通りの遊び人なのだろうか・・・・・。


「じゃあ葵さんは好きでもない人と付き合ってたの?」

「うん。向こうから付き合ってくれって言われて交際始めたからね。嫌いな人ではなかったし・・・・・」

「けっこういい加減なモンなんだね」

その言葉に彼女の表情がスッと険しくなる。


僕はしまったと思った。

せっかく仲直りできたのにまた言ってはいけないことを言ってしまった。 


「ご、ごめん。今の無し。聞かなかったことにして」

慌てふためく僕を見ながら彼女は顔を緩ませた。


「ううん。気にしないでいいよ。そうだよね。確か私がそう言ったんだよね」

彼女はそう言いながら苦笑いをした。


「ごめん。僕、そういうつもりで言ったんじゃないんだ」

「いいよ。確かにいい加減だったんだ。私の気持ちが中途半端だったからフラれたんだと思う」


その時、彼女が「いい加減な気持ちではダメ」と僕に言った意味が分かったような気がした。


「僕ね、時々こんな自分が嫌になるんだ」

「こんなって・・・・・どんな?」

「余計なことはすぐ言っちゃうクセに肝心なことは言えないんだ」


呆れるように言う僕を彼女はくすっと笑った。


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