第13話 初めての彼女の部屋(2)

そうだ、とにかく謝まらなきゃ。


「ご・・・ごめんね。きのうに葵さんに酷いこと言っちゃって。本当に・・・ごめんさない」

とにかくひたすら謝った。


「そんなことを言うためにずっとここで待ってたの?」


黙って頷いた。


許してもらおうとは思っていなかった。

僕自身がとにかく彼女に謝りたかったんだ。


しばらく沈黙が続いた。

僕は俯いたまま彼女の顔を見ることはできなかった。


「まるでストーカーみたい・・・・・」

彼女は氷のような冷たい口調でポツリと呟いた。


そう言われても仕方ない。

その通りだし悪いのは僕だから。


またしばらく重苦しい沈黙が続いた。

僕はこれ以上つきまとわったら彼女に迷惑になると思い帰ることにした。


「本当にごめんね。じゃあ、さよなら」


もう一回大きく頭を下げたあと、彼女に背を向けて歩き出した。


「ちょっと、どこ行くのよ?」

「え?」


立ち止まって彼女のほうに振り向いた。


「あの、ごめんね・・・・・何?」

「で、どうだった?」


いきなり何のことを言ってるのだろうか?


「どうって、何が?」

「菜美ちゃんとのデートのことに決まってるでしょ。ちゃんと報告しなさいよ」


確かに、葵さんには報告する義務はあったかもしれない。

あまりいい報告ではないので言いにくいが。


「あの・・・・・ダメだった」


そう言いながら苦笑いをする僕に彼女がびっくりする。


「ダメ?」

そんなバカな、と言いたげな顔だった。


「ダメ? 嘘?」

「ごめんね、葵さんにリハーサルまでしてもらったのに」

「私のことなんてどうでもいいけど。ダメってどういうこと?」


「うーん。麻生さんを怒らせっちゃった」

「怒らせた?」


「うーん。っていうか呆れさせた?」

「呆れさせた?」


どう説明すればうまく伝わるのか分からなかった。


「僕さ、ほとんど喋れなかったんだ。エスコートも全然うまくできなかったし・・・・・」

「何してんの? あんなに練習したのに。そんなに緊張しちゃったの?」

「緊張したにはしたけど・・・・・」

「けど・・・・・何?」


「あれからずっと気になってるんだ。葵さんに言われたこと」

「私が言ったことって?」

彼女の顔が急に強張った。


「麻生さんのこと、本当に好きなのかどうかも分からないのに付き合っていいのかなって思ったんだ。葵さんの言う通り僕はいい加減な男なのかなって」

「何言ってるの? 私の言ったことなんて気にしなくていいんだよ。気軽に行けって言ったじゃん。本当にマジメくんだなあ・・・・・」


「ごめん。やっぱり僕に無理みたい・・・・・」

「はあああ・・・・・」


彼女は叫ぶように大きくため息をつくと、首を傾げながらしばらく頭を抱えた。


「あの・・・・・ちょっと歩かない?」

「歩くって、どこへ?」


「私を家まで送ってくれる?」

「家まで送るの? 葵さんを?」

「そんな大袈裟なことじゃないでしょ」


焦る僕を見ながら彼女はちょっと驚いていた。

でも、子供のころは近所に男の友達しかいなかったし、学校の帰りに女子を送るなんて生まれて初めてのことだったのだ。


「これもリハーサルだよ。マジメくんはまだまだ女の子に慣れる練習が必要みたいだからね」

 

僕と彼女は新興住宅街の少し下り気味の坂道を二人並んでゆっくり歩いた。

僕は慣れない感じで彼女の歩幅に合わせるように歩いた。


しばらく沈黙の時間が続いていた。

だんだん気まずい雰囲気が漂い始め、僕は息が詰まるような感覚に襲われた。


何か喋らないと・・・・・。

僕の心は焦り始める。

しかし、喋ろうとすればするほどさらに焦って言葉が出ない。


「朝はごめんね」

彼女がボソリと呟くように言った。


「え? 何?」

「シカトしちゃったでしょ。君のこと」

やっぱり僕のこと気づいてたんだ。


「いや別に。気にしてないよ」


嘘ばっかりだ。ずっと気にしてたくせに・・・・・。


「僕のほうこそごめんね。あんなこと言うつもりなかったんだ」

「ああ、別に私も気にしてないよ・・・・・」

彼女は照れた感じで優しく笑った。


よかった。もう怒ってないみたいだ。

僕は安堵の気持ちでいっぱいになった。


またしばらく沈黙が続いた。

でもさっきまで感じていた気まずい感覚は無くなっていた。

いや、それどころか何か不思議な心地よさを感じていた。


目の前の広がる茜色の夕焼け空の中、春の暖かい風と優しい香りが僕を包み込んだ。

その時、彼女の足が止まった。


「じゃあ今日のリハーサルはここで終わりね」

「え?」


「もう着いちゃったよ。私の家」

「あ、もう着いた?」

ずっとボーっとしていた僕はどう歩いてきたのか全く記憶が無かった。


「今日の練習はこれでおしまい。何かいい雰囲気になったよね。まるで恋人みたいな感じで」


そうだった。これは女子と付き合うためのリハーサルだった。思わず勘違いをするところだった。


「うん。じゃあさよなら」

少し寂しい気持ちになりながら振り返ったその時だった。

「あのさ!」


彼女の声に僕は顔だけ振りかえる。

「え?」


「あの、もうちょっとリハーサルしていく?」

「あの・・・・・リハーサルって、今度は何の?」


「女の子の部屋に遊びに行くリハーサルだよ」

「は?」


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