第12話 初めての彼女の部屋(1)

気がつくとカーテンの脇から薄日が差し込み始めていた。

眠れなかったのか、自分でもよく分からない。


朝食は全く喉を通らかった。

僕は居ても立ってもいられず、早めに家を出た。


彼女とはクラスも違うので会えるのは基本的に朝か放課後になる。

登校前に校舎の前で彼女を待って謝ろうと考えた。


いつもより一時間ほど早めに学校に着く。

時刻は七時半をまわったくらいだろうか。


登校している生徒はまだ疎らだ。

早朝練習の部活の生徒がランニングをしていた。


今朝はいつもよりちょっと肌寒い。


吐き出された息が顔の前の空気を白く濁した。

小鳥たちのさえずりが聞こえる。


僕は下駄箱の前で彼女が現れるのを待った。

それからしばらくの時が過ぎる。


疎らだった生徒の数のだんだんと増えてきた。

その時、遠目だが校門を通り抜ける彼女の姿が見えた。


突き刺さるような緊張感が僕の心に走る。


 ――来た!


彼女が下駄箱の入口に入るタイミングに合わせるように、歩幅の間隔を合わせていく。


ちょうど下駄箱の入口に入る直前に彼女の横に付いた。

その瞬間、僕に気づいたのか彼女が一瞬こちらを見た。


「お・・・おはよう!」


目一杯に気持ちを振り絞って声を出した。

しかし、彼女は黙ったまま無視するように僕を通り過ぎた。


何か呟いた気もしたが、こちらを向くことはなかった


廊下の向こう側で女子生徒が彼女の名前を叫びながら手を振っている。

彼女のクラスメイトだろう。


彼女は元気に返事をすると、そのまま小走りに行ってしまった。

僕はただポツンと一人取り残されたように下駄箱の前で突っ立っていた。


覚悟はしてはいたが、こうもあからさまに無視されるとやっぱりショックだった。

でもそれだけ彼女の怒りが大きいということだろう。


彼女の教室まで行ってそこで謝ろうと機会を伺ったが、今日は合同の美術の授業は無い。

それに彼女のまわりはいつも友達でいっぱいで二人で話ができるようなタイミングも全く無かった。


放課後のチャイムが鳴る。

部活があったが、僕の心の中は部活どころではなかった。


僕は彼女を学校の帰り道で待つことを決めた。

部活をサボるのは初めてだ。


待ち伏せ場所には学校近くの中央公園を選んだ。


以前、部活のランニング中に彼女が友達と一緒に帰るのを見たことがあった。


考えてみれば、こんなふうに女の子を待ち伏せするのは生まれて初めてのことだ。


公園の中にある管理事務所の角で彼女を待つことにした。

ここなら学校方面から来る生徒をきれいに見渡せる。


しばらくの時間が過ぎた。

でも彼女の姿は見えなかった。


公園を歩道をランニングする人がたびたび通り過ぎる。

だんだんと風が冷たくなってくるのを感じる。


一時間くらいは経っただろうか。

僕はちょっと遅すぎるように思い始めた。


もしかして帰り道を勘違いしてたか、もしくは別の道で帰ってしまったか? 


西の空に傾いた大きな夕日が新興住宅街の向こう側へと傾きかけていた。まわりの空気が冷え込んでくるのに合わせ、だんだんと僕の気持ちも弱気になってくる。


もう諦めて帰ろうと振り向いた時だった。

見覚えのある生徒の集団が掛け声をかけながら走ってきた。


――あ、まずい!


テニス部の部員がランニングしてこちらに向かってきた。

そう。ここはテニス部の練習締めのランニングコースだった。


そんなことも忘れるほど僕は冷静さを失っていたらしい。

今日は病院へ行くと言って部活をさぼってるので見られたらまずいのだ。

僕はすかさず管理棟の建物の陰に隠れた。


部員の掛け声が管理棟の反対側を通り過ぎていく。

どうかバレないようにと祈りながら部員の掛け声が通り過ぎるのを待つ。


徐々に掛け声が小さくなり、遠ざかっていくのが分かった。

僕はホッと一息をつく。しかし振り返ると同時に僕の体は氷のごとく硬直した。


彼女が驚いた顔をして僕の目の前に立っていたのだ。

もちろん僕も驚いた。


「こんな所で何してるの?」


僕の頭はパニック状態に陥り、声が出せなかった。

昨夜から準備していたセリフは全て頭から消し飛んだ。







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