第10話 初めてのデート(4)

「困るってどういうこと? 菜美ちゃんのこと好きなんでしょ?」


急にムキになる彼女に僕は返事に困った。


「そんな改まって訊かれると、よく分かんないよ」

「なにそれ? そんないい加減な気持ちで菜美ちゃんに告白したの?」


その“いい加減”という言葉に僕はちょっとカチンときた。

僕はいい加減なことが嫌いだった。


「別にいい加減なつもりはないよ」

僕の口調も少し強くなった。


「じゃあ、どういうつもりで告白したの?」

「そ、それは・・・・・」


また言葉に詰まる。

そう。それはペン子さんが麻生さんだと思ったからだ。


僕の小説を読んで、応援してくれた唯一の人だから・・・・・。

だから友達になりたかった・・・・・。

でも、そんなこと言えはしない。


「そんなことじゃ菜美ちゃんがかわいそうだよ」

少し寂しそうに呟いた彼女の言葉にちょっと違和感を覚えた。


「かわいそう?」

「あ、いや。かわいそうって言うか、自分の言った言葉に責任を持ちなよ」


彼女はさらに強い口調で食ってかかってきた。

そんな彼女に僕は思わず反論してしまった。


「あのさ、何で僕がそんなこと言われなきゃいけないの? そもそも僕をけし掛けたのは葵さんだよね?」

僕は何を言っているんだ。

元々、悪いのは僕じゃないか。

何を言い訳しているんだ。


「ごめん・・・・・」

僕はすかさず謝った。


「あのさ、君、菜美ちゃんのこと、好きなんじゃなかったの?」

彼女の声が探るような小さな声になった。


「いや、実はまだよく分からないんだ。僕、女子と付き合ったことないから」

「あの、私、もしかして余計なことしちゃったのかな?」

彼女は困惑した顔でそのまま俯いた。


「いや、別に葵さんが謝ることじゃないでしょ」

彼女は首を横に振って頭を抱えた。

そして、しばらく黙り込んだあと、すっと顔を上げた。


「あのさ、取り敢えず付き合ってみたらどう?」

「取り敢えずって、そんないい加減な気持ちで女の子と付き合っていいのかな? さっきと言ってることが違うと思うけど」

反論する僕に彼女はため息をつきながら表情を曇らせた。


「真面目だなあ、マジメくんは・・・・・」

僕はその馬鹿にしたような口調の言葉にちょっとイラついた。


「悪かったね、どうせ真面目だよ。僕は」

その言い方に今度は彼女の表情が険しくなる。


「何それ? 男の子のくせにウジウジ言わないの」

この彼女の言葉に抑えられていた僕の感情に再び火がついた。


「あのさ、葵さんはどうして僕にそんなこと言うの? 僕と麻生さんの問題なんだから葵さんには関係ないでしょ」

彼女はその言葉にたじろいだ。


「関係ないよ。関係は・・・・・ないけど、言いたいの! 君はもう少し変わったほうがいいよ。なんかいつも暗いし、高二なのに女の子と一度も付き合ったことないんでしょ? もっと気軽になりなよ」


その言葉は僕はさらにカチンとさせた。


「悪かったね。暗くて一度も女の子と付き合ったことなくて。でもいい加減な気持ちで付き合うってことはしたくないんだ」


僕の声はいつの間にか叫ぶように大きくなっていた。

自分の感情の制御ができなかった。こんなことは初めてだ。


「もういいよ! 葵さんはこんな僕を見ておもしろがっているだけでしょ?」

僕は吐き捨てるように言った。


「おもしろがるって、そんな言い方ないんじゃない!」

彼女の声のトーンがだんだんと大きくなっていく。


どうしてこんなにムキになってしまうのか僕自身も分からなかった。

一度バランスを崩した心はなかなか元に戻せない。


「僕は別に無理に変わろうと思わない。今のままで満足してるんだ。大体、僕が誰を好きになろうが、誰と付き合おうが葵さんには関係ないよね。葵さんはいろいろと遊んでるんだろうけど、僕は葵さんみたいに適当に遊びで付き合えないんだよ!」


「何? それ・・・・・」

彼女の声が急に強張った。

わりの空気が一瞬に張り詰める。


今、僕は何を言ったんだ? 

明らかに言い過ぎたことが分かった。


「そんなふうに思ってたんだ。私のこと・・・・・」

彼女は強い口調で僕の言葉を遮った。そしてゆっくりと立ち上がった。


怒鳴られる。

そう思った。


「ごめん。もう何も言わない・・・・・」


――え?


彼女は怒らなかった。

それどころか、とても悲しく寂しそうな顔をしていた。


謝まらなきゃ。

焦りながらそう思った時だ。


「デート、がんばってね・・・・・」


彼女はそう小さな声で呟くと、そのまま店を出て行った。

僕は何も言えなかった。

彼女の目が赤く染まって見えた。


まさか、涙・・・?

それを見た時、彼女を怒らせたのではなく、傷付けてしまったんだということに気がついた。


最低なヤツだ・・・僕は。

猛烈な自己嫌悪感に僕は襲われた。


何であんなことを言ってしまったのだろう。

いい加減なのは僕のほうだ!

彼女の言葉に決して悪気なんて無かっただろう。


僕のことを純粋に応援してくれただけだ。

僕は彼女のことを侮辱して傷付けてしまった。


侮辱・・・それは僕が一番嫌いなことだった。

人に侮辱されることよりも人を侮辱することが何よりも嫌いだった。


僕はすぐに彼女のあとを追った。

店の外に出てまわりを見渡したが彼女の姿はすでに見えなくなっていた。


僕は店の前で一人呆然と立ち尽くした。

こんな彼女の寂しく悲しい声は初めてだった。


あたりを見回すと、いつの間にかすっかりと暗くなっていた。

上着を店内に置いて出てきたせいだろうか、強めの春風がとても冷たく感じた。


そのあと、僕は一人で帰りの電車に乗った。

ひとりには慣れているので、いつもはひとりの寂しさを感じることなんてない。

でも今日はその寂しさをひしひしと感じていた。


家に帰ってからも、頭の中は自己嫌悪でいっぱいだった。


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