第9話 初めてのデート(3)

人通りの多いメイン通りから狭い路地へと入る。

ちょっと横に入っただけで周りの雰囲気がガラっと変わる。


欧風の洒落たカフェの前で立ち止まった。


「このお店だよ。穴場でけっこうすいてるんだよ。その割にお洒落で可愛いでしょ」


ちょっと煤で汚れた感じに塗装された木製の扉。

そこを開けるとドアの軋んだ音とカランとした鈴の音が共鳴して響いた。


店内は歴史を感じさせるアンティークな家具に囲まれ、どっしりと落ち着いた雰囲気に包み込まれていた。


場所がメイン通りから奥まっているせいだろうか、確かにお客は疎らだった。


シックなメイド風のウエイトレスさんが中央のテーブル席を案内してくれたが、彼女は窓際にあるカウンター席を指差した。


「あのカウンター席でもいいですか?」

「はい、大丈夫ですよ」


そう返事をすると窓際まで案内してくれた。

僕らはそこに並んで座った。


「向かい合って座るより横に座るほうが距離が近いでしょ。より親近感が深まるんだよ。

彼女はそう説明しながら慣れた感じでメニューを開く。


僕は慣れないせいか店内をきょろきょろと見回した。


「ふふ、冴木くん、少し落ち着いたら」

「あ、ごめん」

「謝ってばっかだね。まあいいか。今日はリハーサルだもんね」


女の子と横並びで座ることは教室では当たり前のことだが、場所が変わるだけでどうしてこんなに緊張するのだろう。


確かにテーブルに向かい合って座るのとは全く距離感が違った。

横を向くと彼女の吐息さえ感じられるようだ。


「冴木くん、そんなに緊張しなくてもいいよ」


クスっと彼女が意地悪っぽく笑う。


「無理だよ。女の子と二人でこんなところに入るのは初めてなんだから」


僕はこそっと囁くように言った。


「だから今日はそのためのリハーサルだよ」


リハーサルといっても僕にとっては生まれて初めてのデートなんだよ。



「このお店、なかなかいい雰囲気でしょ」

「うん。よくこんな場所にあるお店知ってるね」


「私も友達に教えてもらったんだ。メイン通りのお店はいつもいっぱいだからね。道順、ちゃんと覚えてる? 明日また来るんだからね」

「うん。多分・・・」


「大丈夫かなあ・・・・・さすがに私は明日までは付き合えないよ。この店ね、パンケーキがすごく美味しんだ。ホイップクリームがたっぷりなの。これを食べさせれば大抵の女の子はイチコロだよ」

「ふーん」


「注文していい?」


探るような上目遣いで僕を見る。


「イチコロになりたいの?」

「なりたい!」


彼女は嬉しそうに首を傾げる。

食べたいなら最初から素直にそう言えばいいのに、と思う。


程なくして溢れんばかりのクリームに覆われた巨大なパンケーキが彼女の前に置かれた。


「いただきまーす」


彼女はそう言い終わる前に慣れた手つきでナイフを入れ始める。


「うーん。幸せ!」


本当に幸せそうな顔だ。

そんな顔をされたら食べられたほうもさぞ幸せだろう。


「こんなものばっかり食べてたら、イチコロじゃなくてコロコロ・・・・になりそうだね」


 ――あ!


その場の空気が一瞬に冷たくなったのが分かる。


自分なりに考えたセリフだった。

けど慣れないこと言うもんじゃない。

僕は猛烈に後悔した。


案の定、彼女は僕の顔を見ながらポカンと口を開けていた。


「あ、ごめん。今、笑うところだった?」


彼女は目を大きく広げ慌てて口を抑える。


「いや、ごめん。違うよ。何でもない」


真っ赤になりながら俯いた僕を見て彼女は思いっきり笑い出した。


「おっもしろい! 真面目くん」

「あの、いいよ、そんな気を使って笑ってくれなくて・・・・・」


彼女は笑いながら首を横に振った。


「うんうん。オッケーだよ。そういうこと言えるようになったということは、少しは慣れてくれたのかな?」


彼女の気遣いはさらに僕を恥ずかしくさせた。

そしてさらに追い打ちをかけてくる。


「じゃあ、はい、あーん」


 ――何?


僕は俯いていた顔をフッと上げた。

すると彼女のフォークで差し出された一切れのパンケーキが口の前にあった。


「は?」


そう言いながらポカンと口を開けた瞬間、それは僕の口の中に放り込まれた。


――え?


一瞬何が起きたのか分からなかった。

口の中にほんのりと甘いものが溶けた。 


「美味しいっしょ?」

「うん」

「あ、これ、明日は君がやるんだからね。菜美ちゃんにやってあげるんだよ」


そうか。明日は麻生さんとデートなんだ。

でもはっきり言ってまだ自信が持てなかった。

だんだんと気分が重くなるのは気のせいだろうか。


黙々とパンケーキを食べる彼女は幸せそうだ。

そう思いながら葵さんを見つめる僕の視線に彼女が気づいた。


「え、何?」

「あ、いや。あの、こういう時って何を喋ればいいのかな?」


慌てながら言った僕の質問が間の抜けていたものだったのだろうか。

彼女は不思議そうな顔で僕を見た。


「別に何でもいいんだよ」

世の中“何でもいい”というのが一番困る。


「元々、僕は人と話すこと自体が苦手なんだ。女子とだったら尚更だよ」

「そんなに考えなくていいんだよ」


考えなくて喋れるのならば苦労はしていない。

いや、苦労をしていないから喋れないのかもしれない。


「葵さんて、誰とでも話ができる感じだよね。話題とかって困らない?」

「話題かあ・・・・・そうだね、まずは相手に興味を持つことじゃないのかな」

「相手に興味を持つ・・・・・?」

「その人に興味を持てばいろいろ訊きたいことが出てくるし、自然と会話も弾んでくると思うよ」


なるほど。

そう言われると、僕はあまり他人のことに興味を持つことがなかった。


僕は決して他人(ひと)を否定するつもりはない。

自分は自分、他人ひと他人ひと、そういうスタンスだ。

だから他人を肯定も否定もしない。

それが結果的に他人に興味を持たない今の性格に繋がったのかもしれない。


「当然、菜美ちゃんには興味あるでしょ?」

「え?」

「え、じゃないよ。君は菜美ちゃんのどこが好きなの?」


その質問に僕は戸惑っていた。

いや、質問にではない。

戸惑っている自分に戸惑っていた。


僕は麻生さんのどこを好きになったんだ?

好きだったら当然にあるはずの答えが見つからない。


「どこって言われると困るな」

「ちょっと待って。どういうこと?」


僕の何気ない一言は思いの外に彼女の顔色を変わらせた。


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