第8話 初めてのデート(2)

土曜日、快晴。

僕は駅前広場で人と待ち合わせをしている。


生まれて初めての女の子との待ち合わせだ。

全身に異様なほどの緊張感が走る。


しかし、麻生さんとのデートは明日の日曜日だ。

今、僕が待っている人は麻生さんではない。

そう、今日はリハーサルなのだ。


「おお、マジメくん待った?」


白いワンピース姿の葵さんが手を後ろにまわしてニコリと笑っていた。

今日のリハーサルの相手だ。


麻生さんとのデートの前に同じシチュエーションでリハーサルをすることになったのだ。


僕は私服姿の葵さんに正直見惚れてしまった。

学校での制服姿とは印象が全く違う。

女の子って服でこんなにも変わるものなんだ。


「どうしたの?」


彼女がボーっとしていた僕の顔をのそっと覗き込む。

やめて欲しい。余計に緊張する。


「もしかして緊張してる? 大丈夫だよ、今日はリハーサルだからね」


無理を言わないで欲しい。

女の子と二人きりでいること自体、僕にとって一大事なんだ。


「先に待ってるなんてなかなか良い心掛けだよ。で、今日はどこ行くんだっけ?」


「渋谷だよ。フェルメール展をやってるんだ」

「フェルメール?」


渋谷に行くためJR線に乗り込む。

土曜日の山手線は学生と買い物客でけっこう混んでいた。


僕は彼女との立つ距離感が分からず、少し離れて立っていた。

それを見た彼女が僕に近づいてくる。


「ちょっと、どうしてそんなに離れるの?」

「あ、ごめん!」


そんな僕を見ながら彼女はクスッと笑った。


二十分ほどで渋谷駅に着く。

人でごった返している改札を抜けると、ニュースでよく観るスクランブル交差点に出た。


観光客や買い物客などテレビで観る以上に混みあっていた。

その中を波をかき分けるように前へと進む。


渋谷ってこんなに人が多いところだったんだ。

よくもこんなに人が集まるもんだ。


「迷子にならないでね」


心配そうな顔で彼女が振り返る。


小学生じゃあるまいしと高をくくっていたが、油断をすると本当に迷子になりそうだった。


ようやくの思いでフェルメール展の会場まで辿りつく。

すると、会場の入口から外階段までかなり長い行列が続いていた。


予想外の込み具合にちょっと度肝を抜かれる思いがした。

これは中に入れるまでかなり時間がかかりそうだ。


「すごい人だね。こんなに人気あるんだ」

「本当。僕もびっくりだ」


僕たちは半ば茫然としながら列の最後尾へと並ぶ。

やはりカップルが多い。


「へえ、こういうのが好きなんだ」


 貼られてる宣伝用ポスターを見て、関心したように彼女が呟く。


「うん。葵さんは絵画とか見るの?」

「美術の教科書で見たくらいかなあ・・・・・」


うん。そんな感じだな――と心で呟く。


「あ、君、今、私を馬鹿だと思ったでしょ」

「思ってないよ!」


僕は慌てて手を横に振った。

びっくりした。思いの外、彼女、観察力が鋭いかも・・・。


しかし、こんな長い行列を待つ間、みんなはどんな話をしながら待っているのだろうか。


ただでさえ口下手な僕は、緊張も合わさり全く喋れなかった。

しかし、その分彼女がひとりで喋りまくっていた。


自分の友達の話や家族の話をしたり、また僕のことについても家族や趣味のことをいろいろ訊いてきた。


彼女はずっとはしゃぎ続けながら喋り続けた。

このテンションを維持しているエレルギーはこの華奢な体のどこから来るのだろう?


そんな彼女に対し、僕は馬鹿にするどころか尊敬の念すら抱いた。



ようやく中に入れたのは並び始めてから四十分ほど経ってからだ。


情けないかな、過度の緊張もあってか、すでに僕の体力はかなり消耗していた。


会場に入って方も人込みは衰えなかった。

絵をゆっくり観る余裕なんてなく、人をかき分けながら進路を進む。


別室に移るところで後ろを振り返る。


 ――あれ? 葵さんは?


後ろを歩いていたはずの彼女がいない。

しまった。はぐれちゃった!


僕は慌てて会場を逆行した。

人の流れに逆らいながら歩くのは思いの外に困難だった。


葵さん、大丈夫かな?

不安で寂しくなってないかな?


僕は心配でたまらなかった。


コーナーを曲がったところのメインの絵の場所に彼女の姿を見つけた。


 ――いた!


彼女は茫然とある絵を見つめていた。


「葵さん!」


思わず僕はは叫んだ。


「ごめんね。この絵、すごく素敵なもんだから見入っちゃったの」

「よかった! 見つかって。すごく心配したよ」


僕は何だか分からないが目頭が熱くなって、涙が溢れそうになっていた。


「そんなに心配してくれたんだ? 私のこと」

「心配したよ!」


ちょっと怒って、そして泣きそうになった。

そんな僕を見ながら彼女は優しく笑った。


「何だよ?」

「いやあ、君も優しいところあるじゃん」


そう言いながら彼女は僕の手をそっと握った。


 ――え?


僕の心にドキリと緊張感が走る。

女の子と手を繋ぐのは中学校のフォークダンス以来だ。


「これもリハーサルだよ」


彼女はそう言って僕の手を引っ張った。


会場を出たあと、渋谷のセンター街へと向かう。


「美術展って初めて来たけど面白いね。フェルメールって初めてだけど、とっても素敵だった」


絵画なんて全然興味無さそうだったのに、とても楽しそうでなによりだ。


渋谷の街中はどこも人でいっぱいだ。

今度は彼女から目を離さないように注意しながら歩く。


でも女の子と二人で歩くことに慣れていないため、その距離の取り方が分からない。


離れるとまたはぐれそうだし、あまりくっついても失礼だし・・・。

そんなことを思いながら戸惑うように歩いていた。


彼女はそれを見越すかのように僕のすぐ後ろをくっつくように歩いていた。


彼女は一見するとマイペースなように見えたが、何気なく気遣いをしているのを僕は感じていた。


「ねえ、喉が乾かない? ちょっとお茶飲んで行こうよ」


緊張で喉がカラカラだった僕は彼女の提案に飛びついた。


「でも僕、お店とか全然分からないよ」

「そのためのリハーサルでしょ」


彼女はさりげなくまた僕の手を取り、脇の道へと引っ張った。

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