第3話 失くしたハルノート(2)
HARUって文字が合ってるんだからいいと思うのだが。そもそもサイフじゃあるまいし中身確認が必要なのか?
確認するとなれば中を見られてしまう。いっそ僕の物ではなく友達からの借り物とでも言おうか・・・・・。
「君、何ブツブツ言ってるの?」
「あの・・・・・落書き帳です・・・・・」
誤魔化すにしても、もう少し気の利いたセリフが言えないものだろうか。
自分の会話能力の貧困さに呆れる。
「まあいいか。確かに変な落書きみたいなものが書いてあったかな・・・・」
アースラはククっと薄ら笑いながら僕の顔を上目で見た。
これは中身を見た顔だ。
失礼な魔女だ!
でもアースラはそのまま僕にハルノートを手渡してくれた。
「じゃあこの台帳にクラスと名前を書いて。出席番号もね」
僕は真っ赤に顔を染めながら名前を書き込んだ。
「冴木
「あ、いえ。始めって書いてハルって読みます」
「冴木
アースラはそう言うと部屋の奥へ戻ろうとした。
「あのお?」
「何、まだ何かあるの?」
アースラは怪訝そうに僕を見る。
「あの・・・・このノート、どこに落ちてたんですか?」
アースラは横にあった記録メモを確認する。
「ああ、『屋上』としか書いてないけど」
「誰が拾ってくれたのかは分かりますか?」
「さあ、私が預かったわけではないから分からないわね。届けた人の名前は特に聞かないし」
「そう・・・・・ですか」
いったい誰が拾ってくれたのだろう。その人にも中を見られてしまっただろうか。
拾ったら普通は中を見るだろう。
考えるだけで恥ずかしくなってきた。
大きくため息をつきながらパラパラとノートをめくる。
あるページのところで思わず手が止まった。
書かれている物語の最終ページのとなりの空白。
そこに見慣れない字が綴られていた。
『勝手に中を見て読んでしまったことを先に謝ります。ごめんなさい』
何だこれ?
メッセージ?
もちろん僕が書いたものじゃない。
丁寧な字だが、とても遠慮がちに小さな文字で書かれていた。
その筆跡から書いた人の控えめな性格が見てとれる。どうやらこの人がノートを拾ってくれたようだ。
メッセージは続いていた。
『これはあなたが書いた物語ですか。とても感動しました。
ヒロインが死んでしまうシーンは思わず泣いてしまいました。でも彼女はきっと幸せだったと思います。読んだあと、とても暖かい気持ちになれました。表現が下手でうまく書けないのですが、この物語に出逢えてよかったと思います。ありがとうございました』
僕は何とも言えない思いだった。
恥ずかしい気持ち。
嬉しい気持ち。
僕の心はいろいろな気持ちが交錯する複雑な状態になった。
なんと言っても僕にとっての初めての読者だ。
いったい誰なんだろうか?
名前は書かれていなかった。
ただ、名前の替わりかとうかは分からないが、文章の最後に可愛いらしいペンギンのイラストが描かれていた。
この人はペンギンが好きなのだろうか?
僕の話を読んで感動してくれた。
人に感動してもらえることがこんなに嬉しいなんて・・・僕は物語を創る楽しさを改めて感じていた。
僕は心は舞い上がった。
僕は居ても立っても居られなくなり、そのメッセージのあとに夢中で返事を書いた。
『僕の小説を読んでくれてありがとうございます。こんな僕の作品に感動したと言ってくれてとても嬉しいです。実はこの作品を最後にもう小説を書くのを止めようと考えてます。これから受験もあるので。これが最後の作品になる予定です。あなたのような人に読んでもらえて僕も幸せです。ありがとうございました』
よし、この返事を届けよう。
そう思った時、僕はとんでもないことに気がついた。
返事を書いたのはいいが、どうやってこれをその人に渡すんだ?
どこの誰かも分からない。
まして生徒かどうかも分からないのに。
自分の馬鹿さ加減に呆れながら茫然とした。
なにか名案はないかと悩んでいると、ひとつのアイデアが浮かんだ。
そうだ。もう一度同じ場所に置いてみよう。
そうすればまた同じ人が拾ってくれるかもしれない。
僕の心に迷いは無かった。
この時の僕は少し冷静さを失っていたのかもしれない。
全く根拠は無いが、きっとまた同じ人が拾ってくれると確信していた。
僕はペントハウスの上へと昇り、給水塔の脇に祈りながらハルノートを置いた。
放課後になり、再び屋上へと駆け込む。
ペントハウスの階段を二段飛ばしで駆け上がり、給水塔の脇を確認する。
すると、そこに置いておいたハルノートは無くなっていた。
――やった。
心の中でガッツポーズをする。
きっと同じ人がまた拾ってくれたんだ。
そう確信して僕は用務室へと駆け出した。
「あの、すいません!」
前とは打って変って大きな声で叫ぶ。
するとアースラがそのっと顔を出した。
「はい? あら、また君?」
「あの、僕のノート、届いてませんか?」
「呆れた。また失くしたの?」
「はい!」
僕は元気よく答える。
「落とし物をした割には何か嬉しそうね。でも今日は落し物はまだ何も届いてないわよ」
――え?
愕然と肩を落とすと同時に水を被ったように頭が冷やされる。
よく考えたら馬鹿なことをした。
また同じ人が拾ってくれる保障なんてどこにもなかった。
根拠のないガラスばりの確信は音を立てたように崩れる。
どうしよう。
誰が拾ったのだろう。
その人は中を見て笑ってないだろうか。
猛烈な不安感が僕を襲い始める。
ゴミ箱に捨てられたらどうしよう。
いや、もし掲示板に貼りだれたりしたら・・・・・。
不安感はいつの間にか恐怖感へと変わっていた。
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