オカルト部

春野訪花

オカルト部

 いかにもなところに部室はあった。

 三年前に使うのをやめた旧校舎。その四階の角教室。もとは図書室だった教室だ。

 新校舎からの声や音が遠くに聞こえてくる。だけどそれが別世界から聞こえてくるような気がするのは、校舎の中がどこか浮世離れしているからだろうか。

 窓の向こうは夕暮れに染まりつつある。新校舎の方で居残りをしていたらこんな時間になってしまった。本当はもっと早く向かうつもりだったのに。採点や明日の授業の準備をしていたらあっという間にこんな時間だ。

 小走りで角教室へと向かう。教室の扉は閉まっていて、窓には布が垂れ下がっていて覗き込めなくなっていた。

 持つ名簿を持つ手に力がこもる。扉の前で深呼吸をして、扉へと手をかけた。が、その扉を開く前に、扉がひとりでに開いた。

「――やっぱりいた」

 僕は見上げて、目の前にいる人物の顔を見た。勝手に開いたと思った扉を開けたのは、目の前にいる彼。名簿に載っていたから知っている――二年生で副部長の赤城くんだ。

 赤城くんは、僕ではなく背後を振り返っていた。

 教室の中へと視線を移すと、空になった本棚を寄せてできた広い空間の中心にテーブルが置かれていた。テーブルには三人の生徒が座っている。そのうちの一人、メガネをかけた二年生の白崎くんが、テーブルに肘をついて言った。

「よく分かったねー。すごーい。犬みたーい」

 軽薄な声に、赤城くんは微かにふんと鼻を鳴らした。そして僕を一瞥すると教室の奥へと戻っていった。

「新しい顧問?」

 のんびりとした口調で、朗らかに笑う三年生で部長の黄島くん。彼の手元は大量のペットボトルで溢れている。その全てが甘いジュースだ。

「前の顧問は、昨日目を回して逃げていったじゃないですか」

 黄島くんとは相反して鋭い空気をまとった、一年生で唯一の女の子、青瀬さん。彼女は膝の上に白いウサギのぬいぐるみを置いていた。

 席に座った赤城くんは、テーブルに伏せて置いていた本を開いた。

「入らねぇの?」

 僕はハッとして教室へと足を踏み入れた。

 その瞬間、ぞわりと背筋が凍った。何か踏んではいけないものを踏んでいるような気がする。ここにいてはいけないような。――この感覚を、僕は知っている。

「へぇ……」

 白崎くんが立ち上がり、何故か一歩も動けなくなった僕へと近づいてくる。

 僕が赴任する学校の制服を見にまとう彼。結び目が歪んだネクタイが揺れている。

「やっぱり、『こっち側』の人間なんだ」

 僕とほとんど身長の変わらない彼が、僕と視線を合わせる。その視線は剥き出しの好奇に満ちていた。

「楽しそうだね」

「そりゃあね、ボクの仕掛けを踏んで立っていられるなんてスゴイよ」

 今こうしている間にも背中のぞわぞわが止まらない。動きたいけど動けないのは、「仕掛け」というやつのせいなのだろうか。昔にこの感覚がした時は動けたのだけど、こういうことはよくわからない。いつも気がつけば巻き込まれていて、気がつけば終わっていたから。

「君が何かしてるの?」

「そこまでは分からないのかぁ。なるほど、開発のしがいがあるなぁ?」

「おい、白崎」

 赤城くんが低い声をあげた。白崎くんが振り返る。僕からはどんな顔をしていたのか見えなかったけど、赤城くんには嫌な顔をしていたみたいだ。赤城くんはスッと目を細めると、持っていた本を教室の天井の角に向かって投げた。天井の近くで何かがバチっと弾けるような音がして、本が燃えながら床に落ちる。その瞬間、動けるようになった僕はたたらを踏んで前に数歩進んだ。

 青瀬さんが膝の上のウサギを抱きしめた。

「虐めるのやめてくださいよ」

「殺さないよ?」

「そういう問題じゃありません」

 青瀬さんはつり目気味な目をさらに釣り上げた。白崎くんはどこ吹く風だ。

「まあまあ、二人ともジュース飲も?」

 黄島くんがそう言って、ポケットからジュースのペットボトルを取り出した。そう誘われた白崎くんは僕のそばから動かない。ため息をついた青瀬さんは、弱々しく「赤城せんぱーい……」と呼んだ。

 本を持った手をプラプラさせていた赤城くんは立ち上がった。僕へと歩み寄ってきながら、白崎くんにしっしと手を振った。だけど白崎くんは動こうとしない。

「白崎くーん?」

 黄島くんが咎めるように名前を呼んだ。そうすると白崎くんは渋々、僕のそばを離れた。

 僕のそばに来た赤城くんを、僕は見上げる。彼は冷静に僕を見つめていた。

「なんとなく分かったと思いますが、ここは『普通のオカルト部』ではありません」

「うん。みんな『そう』なの?」

「はい。『何』とは言わないでおきます」

 僕はじっと赤城くんを見つめる。冷静そうな彼の表情は凪いでいて、何を考えているのかわからないから。観察して探ろうと思ったのだ。

 見つめていると、赤城くんは居心地悪そうに顔をしかめた。だけど目をそらすことはなかった。

 僕はそんな赤城くんに問いかける。

「赤城くんは僕に顧問を辞めさせたい?」

 赤城くんは苦々しい顔をして、そこで初めて目を逸らした。

「辞めた方がいいと思います」

 それを聞いて、握りしめ続けていた名簿を開く。

「教えて。君たちが何者なのか」

 赤城くんが小さく目を見開いた。

 テーブルの方へと視線を向けると、そこにいるみんなも驚いているみたいだった。白崎くんはぽかんとした後すぐに楽しげに笑っていたけれども。

「教えて。僕は顧問だからね」

 この中で一番驚いていそうな赤城くんに、僕は笑いかけた。



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オカルト部 春野訪花 @harunohouka

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