ep.08 恋愛相談返し
私は和治さんを追い出すと、扉を後ろ手に閉めた。
さて、これで邪魔者はいなくなった。邪険にしたけど、彼なら恨まないでいてくれるでしょう。彼の性格的に。
それでも彼に心の中で謝って、私は私が相対するべき相手と対面する。
「え、えっと? 鹿苑ちゃん……?」
目を白黒させる恋鐘さん。えぇ、当然です。私だって友人がこんなトンチキな動きを始めたら戸惑いますから。
しかし私はその戸惑いを無視して、
「さて話を進めましょうか」
「待って、訳わかんない」
やや辟易とした様子も混じっている恋鐘さんの疑問を無視して、私は話を進める。いちいち構ってられない。感情が、腹の底で色々渦巻いているからだ。
私は浅く息を吸い、
「まず最初に言って良いですか」
「ど、どうぞ?」
では、遠慮なく。
「私、怒ってます」
「怒ってる? 何に?」
「何にも言ってくれなかったことに」
恋鐘さんは罰の悪い顔をした。
「……それは、ごめんって」
「私たちは友達でしょう? 友達にだったら、きちんと話してください。勝手にいなくなるなんて、しないでっ」
恋鐘さんは不義理です。散々こちらの学校生活をかき乱して、幸せにしておいて、無言で消えていくなんて、そんなことは許しません。
私たちは友達です。恋鐘さんがなんと思おうとも。だから、私は彼女を諦めない。たった1人で辛さを抱えるなんて認めない。
私が睨みつけてやると、恋鐘さんは喜哀入り混じった表情でポツリと呟いた。
「……うん、そだね」
その表情の理由を私は片一方しか分からない。ただ、そこに踏み込むべきなのは私ではなくきっと和治さんだろうから私は深く追求しない。
あくまで私は現在の当事者。過去に辿り着くのは、過去の当事者の2人だけだ。
こうして2人っきりになっているのも、和治さんと恋鐘さんがきちんと過去に向き合えるようにするための作戦だ。
私は本題を切り出す。
「恋鐘さん、恋愛相談をしましょう」
だって、
「まだ和治さんのこと、好きですよね?」
「な——っ」
恋鐘さんが顔を真っ赤にして、言葉に詰まった。
「何を言ってるの鹿苑ちゃんそんな人の彼氏を好きだなんてある訳ないでしょそんな馬鹿なことなんて」
「目を泳がせて指を所在なさげに絡めて言われても説得力ないですよ」
「う——」
恋鐘さんが罰の悪そうな顔をする。
「……どうしてわかったの?」
「和治さんに心配されて満更でもなさそうな顔してましたよ」
「うぁぁぁぁぁぁぁ」
この世の終わりみたいな声を出して恋鐘さんは突っ伏した。
「くそぅっ。何やってんだ私ぃ!」
握り拳で元気に自分の太ももを叩く恋鐘さん。ただ私が恋鐘さんの恋心を知ったのは、そんな上っ面な理由だけではありません。
「貴女が再び和治さんの前に現れて、彼を助けた。それこそが彼に対する恋心がある証明でしょう?」
「…………まぁね」
私が核心を突くと、恋鐘さんは自虐的な声色で短く肯定した。
そう。一度別れた男の子に女の子が再度会う理由なんて、気づいて欲しい理由なんて、その男の子が好きだから以外の理由があるはずない。
好きな男の子だからこそまた会いたい。会って言葉を交わしたい。そんな風に思うのが当然だ。
痛いほどにその気持ちがわかる。かつての私がそうだったのだから。
だから、
「私が貴女の恋を手伝って差し上げます」
「は?」
「ですから、私が貴女の恋を手伝ってあげると言っているのです」
勿論、これは成就のための恋愛相談ではありません。
恋を終わらせるための恋愛相談です。
2人の過去の傷は恋を理由に始まった。そこを解かなければ、2人の間のわだかまりは消えないでしょう。
恋鐘さんはおそるおそると言った様子でこちらを窺いながら、それでも挑発的な物言いをしてくる。
「恋敵だってわかってる?」
ふふん。何を言っているんでしょうか。生憎と私はその程度じゃあ揺らぎませんよ。
ほんの少しの強がりと共に、私は恋鐘さんにこう告げる。
「生憎と、彼は私しか見ていませんので、貴女なんかに目移りはしませんからね?」
和治さんは――改めて言葉にすると恥ずかしいけれど――私にべたぼれで、ぞっこんだ。今更現れた過去の亡霊なんかに横から取られるほど、私たちの絆は脆くない。と思う。
恋鐘さんは天井を仰ぐと一言。
「いいなぁ」
染み入るように病室に消えたその一言はどこまでも辛そうで、羨ましそうで。
隠せなかった潤んだ瞳の輝きを私は忘れられそうにない。
こうして私は恋鐘さんの恋の手伝いをする。かつての恩を仇で返す形になると分かっていても。
さて、一体どうしましょうか。私の時はどうでしたか。
あぁ、そうだ。
デートをしたんでした。
あの無茶で、無計画な、少女漫画からそのまま持ってきたような無鉄砲な計画が見事成功を収めたんでした。
でしたらもう一度、それを繰り返しましょう。提案してくれた恋鐘さんならば、きっと上手く事を運ぶでしょう。
あんなやり方をやり返せば、仕返しだなんて思われそうですけどそんなことは考えていません、えぇ。
…………。
ほんとですよ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます