ep.04 恋鐘愛

 3月8日月曜日、になってしまった。2月の終わりくらいからだから、もう2週間近く学校を休んでいる。期末テストをさぼっちゃったから留年確定だな、なんてことを他人事のように思った。実際、もう他人事だ。進級なんて、今更望んだところでどうなると言うんだろう。

 病室のベッドの上で上半身を起こして座る私は視線を大きな窓の外にやる。3月にしては寒すぎるくらいの気温の今日は窓越しに見るだけでも寒々しい灰色の空が広がっている。

 此処から見下ろせる街路樹の枝は大きく腕を振っており、風が強いことが伺えた。豆粒のような人がどんな服装をしているかまでははっきりと見えないけれど、厚着をしているような感じ。全体的にシルエットが野暮ったい。

 寒いんだろうな。手を伸ばせば届きそうなくらい近い外の世界に思いを馳せる。世界から私を切り取るガラスに指先だけ触れても冷たさが伝わるだけで、吹き付ける風も、肺を満たす痛いくらいの寒さもない。決して届かない外の世界に、私はガラス越しの恋をする。

 つまらない。手持無沙汰の私はスマホを取り出して、一枚の写真を呼び出す。ほんとはホーム画面にしたいけど、流石に自重しておいた。そもそもが盗撮だし。

 無防備な寝顔を切り取ったその写真は、私が持っている彼が写っている唯一の写真だった。あの日、保健室で撮れて良かった。少しでも彼を消えない形で手元に残せて良かった。

 私は画面越しに彼の頬を撫でる。堅いスクリーンの感触をなぞり、写真が指先の動きに合わせて動く。あまりにも虚しいけれど、それでも私の心は満たされてしまった。自然と緩む頬を抑えられない。駄目だなぁ、私。捨てなきゃなのに、結局捨てきれてない。

 2人は上手くやってるかな。大丈夫だよね、きっと。最後の最後で、私はちょっとしくじっちゃったけど、でもきっと私のことなんか放っておいて、2人で永遠にいちゃいちゃしてるはず。私のことなんか、忘れてさ。末永く仲良くして欲しい。そういう方法は、もう教えてあげたんだから。

 幸せな時間の中で、「そういえばいたなぁ」と思われるくらいに私と出会ってからのたった1ヶ月の思い出を風化させてくれればそれで良い。それが私と2人にとっての最善の結末で、完膚なきまでのハッピーエンドなんだから。

 だから、それが良かったのに。魔女として使命を果たした裏切り者のお姫様として綺麗に終われたのに。

 どうして、


「会いに来たぞ、キュー」


 あぁ、どうして来てしまったの、私の王子様。私のことなんか思い出したくもないでしょうに。

 失敗した。彼は私に、魔女の正体に辿り着いてしまった。私が裏切り者のお姫様として2人の間に躍り出てしまった。

 でも、でも、でもっ。

 どうして私の胸は、こんなにも喜びにあふれてしまうの。

 駄目だなぁ。駄目だなぁ、私は。覚悟なんて紙のように薄ぺっらくて、簡単に敗れてしまうんだ。

 ばれないように浅くて深い息を吐き出す。

 そして私は2週間ぶりに、いや11年ぶりに再会した彼に向って微笑みかけ、それから言った。


「久しぶり、和治君」


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