ep.04 家庭内から騒ぎ
夜20時の風呂上りの時間帯。俺は妹の部屋のドアをノックした。
全ては2月28日土曜日、鹿苑との家デートを問題なく遂行する布石を打つためである。
「妹ー、悪い、ちょっと時間もらって良いか?」
「んー? 別に良いけどー?」
気だるげな妹の声で入室許可を貰った俺は躊躇いなく妹の部屋に入室する。
もこもこパジャマを着た妹は入ってきた俺に尻を向ける形でベッドに寝そべっていた。枕側では雑誌を開いて、だらだらとそれを読んでいる様子。少し伸び始めた髪は若干濡れていて、しっかり乾かせと兄としては思う。
俺は見慣れたようで見慣れていない妹の部屋の床を見ると、
「相変わらずものが散乱してんな、少しは整理したらどうだ?」
「だってもう本棚に入らないんだもーん」
「雑誌なんだから古いのは捨てれば良くのに……」
「お兄ちゃんは分かってないな。古い雑誌を読んで、昔を思い出すのが良いじゃんか」
あんまり共感できない感性だった。って、今はそんなことはどうでも良くて。
「今日は頼み事があってきた」
「私に頼み事? めんどくさいなぁ、自分でなんとかしてよ」
「小遣いやるぞ」
「なんでもお申し付けくださいお兄様」
先ほどまでのだらけた姿は何処へやら。こづかいと聞くや否や猫のような動きで身を跳ねさせて、床に正座して身を伏せた――つまりは土下座した。金で動く分かりやすいヤツで助かる。
面を上げた妹はこう聞いてくる。
「で、頼み事って?」
「あぁ、今週の土曜日の午後は家にいないで欲しい」
「…………なんで?」
妹は心底不思議そうな顔でそう問うてくる。疑問が湧くのも当然だ。突然、土曜日の午後は家にいないで欲しいなんて言われたら、俺だってそう思う。
本音を言えば、このお願いだってしたくはなかった。こればっかりは帰宅部の妹を恨んだ。できれば俺は鹿苑のことを知られずに済ませたい。それでも妹が家に居る以上、お願いする他なかった。けれどもお願いしたら、理由を説明しなくちゃいけなくなるわけで……そんでもって『彼女が来るから』なんて言ったら、絶対に、ぜっったいにめんどくさいことになるので、何が何でも言いたくない。
「説明するとめんどくさいから、説明しない気だね?」
「な……っ、なぜわかった!」
「いや、どれだけお兄ちゃんの妹をやってると思ってるの。それくらい顔見れば、わかるわ」
得意げにそんなことを言う我が妹。確かに俺も妹の顔見れば、ぼんやりと何考えてるか分かるからな。その逆もまた然りか。
「そんでもって、どうせあれでしょ? 彼女が出来たとかそんな感じじゃないの?」
「なんで内容まで分かるんだよ!!」
「ここ最近の浮かれっぷりを見れば妹じゃなくても分かる。で、どこの誰なの?」
げ、一番されたくない質問が来た。
「……言うかよ」
「言いたくないってことは、鹿苑茉莉花さんとか、そういうビックネームかなー?」
「(だらだら)」
「ちょ、お兄ちゃん?! なんで青い顔して、額に汗浮かべてるの!! え、マジなの、マジなのっ?」
なんで最初に当てるんだ、この妹は……
「そもそもなんで鹿苑のこと知ってるんだ?」
「超有名人でしょっ。深窓の令嬢は女子中学生間じゃ憧れの的なんですぅー、私が髪を伸ばし始めたのも茉莉花さんリスペクトですぅー」
中学生にも知られてるとか、凄いな鹿苑。そして深窓の令嬢イメージはあんまり期待値高く持たない方が良いと思うぞ。実際はそれだけじゃないから。
「頼むこのことは母さんに言わないでくれ絶対に面倒な――」
「――おかーさーん! お兄ちゃんの彼女さん、茉莉花さんだってー
!!」
あの馬鹿――ッ!
弾かれたように駆けだして、乱暴に自室のドアを開け放った妹は、息つく間もなく階段を駆け下りていく。最悪なことに大声で彼女の名前を叫びながらだ。
「茉莉花さんって誰?」
「鹿苑家のお嬢様!」
「ギャーーーーッ!」
悲鳴が聞こえた後、慌ただしく階段を駆け上って来る2人分の足音が。
再び乱暴に妹の部屋の扉が開けられると、母さんが泡を食った様子で、それはもう胸倉をつかんできそうな勢いで俺に食って掛かってきた。
「あ、あんたっ、あの鹿苑家のお嬢様を付き合ってるってホントなの?!」
「そうだよ――くそ、だから知られたくなかったんだ」
「知られたくなかったじゃないよっ、あんた、どういうことか分かってんの?」
「どういうことなんだよ」
「お父さんの会社の社長令嬢つれてきたようなもん」
……ようなはいらねえな、それな。っていうか、そうか、そこまで気が回ってなかったな。父さんが長期出張でいない日で良かった。
「ま、恋は盲目ってことで」
「「それで済むかーーっ」」
うるさい。もう夜なんだから静かにして欲しい。
冷めている俺と正反対に母さんと妹は途端にあたふたし始めて、
「で、茉莉花さんが来られるのはいつだって?」
「お兄ちゃんの発言から考えるに明後日の午後っぽい。ってか、お兄ちゃん。お兄ちゃん如きのファッションセンスでデートに行ったの? 信じられないんだけど」
「まずは服装チェックよっ。恥ずかしくない恰好にしないと! あんたの部屋に行くわよッ。あぁ、もうっ! なんでもっと早く言わなかったのよ!」
「お兄ちゃんの部屋にゴーゴー」
焦り、苛立つ母さんに腕を引っ張られ、不満もありつつ、楽しんでる妹に背中を押されて、俺は自室に連行される。
あー、くそ。だから、言いたくなかったんだ。俺に彼女がいることも、俺の彼女が鹿苑であることも。
息子の彼女なんて、兄の彼女なんて、ただそれだけでも騒がれる理由になるのに、有名人なんて属性が付いちゃったら騒ぎではなく大騒ぎの理由になるに決まってる。
そして、無意味に騒がれると俺にはもう制御できなくなる。俺についてのことなのに、俺が蚊帳の外になる。俺自身の納得なんて無視される。だから面倒くさくて、嫌だったんだ。
結局、母さんと妹のから騒ぎは日が替わる時間まで続く。歓迎の大がかりな準備やらを立てることにまでなった。ただの勉強会のはずなのに、だ。
残ったのは、俺達の時間だったはずなのに、外野の人間が土足で入り込んでずたずたにして行った、そんな事実だけ。たまらない不快感が俺の胸に残った、ただそれだけの酷いから騒ぎだった。
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