ep.02 鹿苑と相沢
(行ってしまいました)
家庭科室から去っていく彼の後ろ姿を見て、私はそんな寂寥感を抱く。
最近は一緒にいることが多いせいか、ほんの少し一緒にいないだけで寂しさを抱くようになってしまっている。そしてそんな自分に対して、呆れたりしているのです。
相沢さんが仰った通り、私は浮かれていて、ちょっと地に足がついてなかったりする。だからつい勢いで、おうちデートとかを提案したりしちゃったりしたのです。
いえ、おうちデート自体はしたかったので万々歳なのですけれど、彼の私生活を覗けるのが楽しみなんですけどっ、やはりことを急ぎすぎたと反省してます。彼も若干たじろいでいましたし、強引過ぎたのは認めなければならないでしょう。
ですが、どうしましょう。おうちデートなんて初体験で、どうすれば良いか分からなさすぎます。
恋鐘さんに頼る……という考えがふと浮かびますが、直ぐにかき消します。体調不良中の恋鐘さんに無理を強いるわけにはいきませんから。
それに、
(いつまでも恋鐘さんに頼ってばかりというのもいけません)
いい加減に私たちは恋鐘さんから自立するべきです。これは私と彼の恋愛関係なのですから。
……なんて凛々しく言ったところで、私が参考にするのは恋鐘さんから勧められた少女漫画なわけですが。うぅ、情けない。
「鹿苑さん、和治との関係はどう?」
「は、はいっ?」
突然にかけられた相沢さんの声に、私は狼狽えた声を出します。
「どう、とは……?」
「一緒に居て楽しいとか、恋人になれて嬉しいとかさ、そういう気持ちの話。鹿苑さんに嫌われてるって思ってた頃を知っている僕としてはお話を聞きたかったりするわけ」
「そ、その件はあんまり掘り返さないでください……っ」
ほんとのほんとーに、身がつまされる思いなので…………
「で、和治との恋人関係の方はどうなのさ。楽しい? 嬉しい?」
「それは、その……楽しいし、嬉しいです」
答える照れくささと心の底から湧き上がる感情のせいで思わずはにかんでしまう。
私にとっては3年越しの、それも高校に入るまでは叶わないと思ってた恋です。実っただけでも十分幸福なこと。彼のことは素性も知らなかったわけですから。彼に会えた偶然と恋鐘さんに会えた偶然と、今の私と彼の関係は奇跡的な巡りあいで成り立っています。
そんな関係の中で彼のことを段々と知っていけるのは楽しくもあり、私と彼が混じっていくようで表現しにくい嬉しさがありました。異なる2人が重なるだけではなく、溶けあうような感覚とでも言いましょうか。聊か猟奇的ですが、それが一番近い表現でしょう。相互理解とは互いに自分自身を分け合うという行為に等しいのですから。自分を相手に渡し、自分は相手を受け取る。そうして互いが交じり合う。それが相互理解の本質なのではないかと思います。
浮きたつ私に対して、相沢さんは哀愁を漂わせてこんなことを仰いました。
「和治さ、昔手ひどい失恋をしてたみたいでさ。親友としては、鹿苑さんが最悪の初恋の思い出を塗り替えてくれると嬉しいかな」
「最悪の初恋の思い出、ですか?」
何でしょうか、それは。
私が訝しげにしていると、相沢さんは苦々し気に呟く。
「しまったな。和治、言ってなかったのか」
「だったら言わない方が良いな」と相沢さんは口を閉じて、気まずそうに足早に家庭科室から歩き去ってしまう。
私はその背中を呼び止めることも出来ずに立ちすくむ。そんな気になる言葉を残して去っていくなんて無責任です。けれども彼の親友であるところの相沢さんは彼が言ってないことを口にすることはないでしょう。だとしたら、このもやもやした感覚を私は何処にやれば良いのでしょうか。
『その諦めた気持ちはきっといつまで経っても、傷跡となって残り続けます。そしてそれを払拭するには相応の時間がかかるから』
想起されるのは過去の言葉。かつて私に掛けられた彼の言葉。
あの時に感じた真剣さ、それを裏打ちするかつての経験が初恋の苦い思い出だとしたら。
私はそれを知りたいです。
エゴとエゴをぶつけ合わせ、想いを隠さず伝える。恋鐘さんはそうおっしゃいました。それがお互いを知るために必要なことだ、と。
だとするならば、彼が私を知るために彼の心の傷さえも分かち合うべきだと思うから。
そして、もし彼がその傷を未だに治せていないとしたら。私がその傷に寄り添いたいと、例え我儘に過ぎないとしても思わずにはいられないから。
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