第5章 判明
ep.01 休みがち
家庭科室で箒を掃きながら、俺は思う。
学校の掃除って毎日やる必要があるのか?
掃除をしなくちゃならないって言うのはよく分かる。掃除をやる人もいないし、生活しているだけでゴミって言うのは溜まっていくものだ。掃除をしなければ学校は汚くなっていくばかりである。
だけど、だけど、だ。毎日掃除をしていればゴミなんか溜まるわけもなくて、ミリ単位の埃をかき集めて、一体何になるんだろうか。数少ない埃を箒でちりとりに集めながら、俺は溜息を吐いた。
「掃除はきちんとやらなくちゃ駄目です」
そんなだらしない俺の様子を同じ掃除班の鹿苑に咎められる。いやごもっともで。
「貴方は真面目なのか、真面目じゃないのか、よく分からないですね」
「真面目になるべき時って思った時は真面目になれるんだけど、それ以外の時はあんまり身が入らないんだよな」
だいぶ独善的なんだろうな、俺は。あんまり他人の価値観に阿らない。
「掃除は心の掃除と言いますからね。真面目にやらなきゃ、めっ、ですよ」
「き、気を付ける」
人差し指を俺に突きつける鹿苑の可愛さに免じて、だ。
2月26日木曜日。土曜日のデートから数日しか経ってないが、随分と色んな顔を見せてくれるようになった。なんというか遠慮がなくなった感じがする。関係性が少し深まったのだろうか。そう信じたいものである。
「鹿苑、他に回収するゴミあるか?」
「そうですね……机上の消しカスぐらいでしょうか。刷毛で回収しておきますね」
「お願い。俺はちりとりの中のやつを捨ててくる」
「今日のゴミ捨てって何方でしたっけ?」
「あー、代理で俺だ。後で行っておくよ」
「ではご一緒します」
「なんで?」
「い、一緒にいる時間は長い方が良いじゃないですかっ」
熱弁する鹿苑に「なるほど」と俺は頷く。いや、「なるほど」……なのか? ゴミ捨てまで恋人は一緒の時間を過ごすものなのだろうか。
「だけど、恋人と一緒に居たいなんて理由は正当性に欠けないか? 遊んでるって思われて、怒られそうだけど」
「うぐっ……て、手伝いっ、手伝いって言うなら認めてくれるはずです!」
「それは真面目じゃなくないか? そもそもゴミ捨てに2人はいらないし」
帰ってきたブーメランに「へうっ」なんて声を上げて鹿苑は撃沈する。涙目で見つめて来るけど、反対してるのは俺じゃなくて鹿苑の価値観だからな。俺は良いんだよ? 大歓迎。
「や、止めます……」
結局、鹿苑は自身の良心に負けて憮然な表情で引き下がった。鹿苑も鹿苑で結構難儀な性格をしている。もう少し素直になって欲しいし、素直になってもらえるよう頑張らなければ。
鹿苑が知りえない俺の内心で決意を新たにしていると、
「ねぇ、2人とも僕の存在忘れてない?」
「「びくぅ!」」
苛立ちの籠った爽やかボイスが俺達2人の間に割って入った。同じ掃除班である相沢が箒に抱き着きながら、そう告げてきたのだ。
「別に忘れてたわけじゃない。ただ視界に入らなかっただけだ」
「それもっと酷いからね?!」
「えっと、その、すみません……つい2人の世界に」
「あぁ、うん、なんかごめんね。僕が悪かったね、うん……うん…………」
相沢の表情に如実に影が落ちる。鹿苑の言葉が響いたらしい。俺から言われるのは慣れてるけど、鹿苑から言われるのは慣れてないもんな。びっくりするよな。
「なんかラブラブ度上がってない? いつの間にそんなに仲良くなったのさ」
「いつの間にって言われたって……まぁ、土曜日にデートしたくらいだけど」
「色々あったんです。言葉にしにくい嬉しいことが色々と」
「何気に抵抗なくラブラブ度って言葉受け入れたね……」
「最早、常時頭がピンク状態なのか?!」などと言って目をかっぴらく相沢の頭をはたいて黙らせる。妙な覚醒&興奮状態にあるな、こいつな。きちんと会話をしろ、会話を。ボールは返せ。
ただ相沢が指摘する通り、俺達は恋人関係であることに照れを感じることはなくなった気がしている。慣れてきた、と言えるのかもしれないが、俺としては互いが隣にいることを認めるようになったと言いたい。
これまではどことなく遠慮があった。この人の隣に居ても良いのだろうか、という疑問から来る遠慮が。お互いがお互いに恋人関係で良いのかという相手を上に見すぎたことから来るものだ。俺も鹿苑も相手に理想を押し付けて、尊びすぎていたのだと思う。
けれども強引とも言える恋鐘の試みによって、俺達が持っている相手の認識の角が取れた。エゴとエゴのぶつかり合わせが、俺と鹿苑の相互理解を推し進め、等身大の2人に落とし込んだんだ。
「2人とも良いの? そんな浮ついてて。来週の週明けから期末テストだよ?」
相沢は心配半分、揶揄い半分な感じでそんなことを言ってくる。
そうなのだ。2年生最後のテスト。それが来週にある。ぶっちゃけ時期としては遅いぐらいだし、期末テストの翌週には入試がある。普通は有り得ない。先生曰く、行事の日程を色々を調整したらこうなったらしい。
春休み前の最後の試練だ。一応、恋愛にうつつを抜かさずに――むしろかっこ悪いところを見せたくないのでいつも以上に気合を入れている――勉強してるから、いつもより良い点をとれると思うが。
「不安ですか? 期末テスト?」
鹿苑が俺の浮かない顔を覗き込んでくる。
そう、問題は彼女なのだ。鹿苑茉莉花。ただでさえ優秀な青石高校の生徒の中でも常に5本の指に入るほどの彼女の彼氏として、果たして俺は相応しい学力を持っているだろうか? そんな疑問を抱いてしまう。
黙り込む俺に、しばし鹿苑は迷った様子を見せる。だが、意を決したように握りこぶしを胸の前で構えると、とんでもない提案をぶちかましてきた。
「今度の土曜日に勉強会しませんかっ! 貴方のおうちで!!」
……鹿苑が壊れた。鹿苑が壊れたァァァァァァァァッ!!!!
何を言ってるんだ、この
「待て待て、一端落ち着け、な? 勉強会は素直に嬉しいけど、別に俺の家じゃなくても――」
「――本音を言えば、おうちデートをしたいだけです!!」
「恋人お嬢様が予想以上に肉食系な件?!」
本音を隠さなくなってくれたのは信頼の証で素直に嬉しいが、内容が内容なだけに簡単に頷けないっ。
「待って、ちょっと考える」
「もしかして何か見せられないものとかありますか? 私は何でも見たいですが」
「あるにはある――ってそういう話ではなく、いくら彼氏とはいえ、いやむしろ彼氏だからこそ男の部屋に女の子を連れ込んで良いのかという疑問がだな」
万が一にも、いや億が一にもないだろうが、俺が良からぬ感情に襲われたら不味い。兆が一にもないだろうが!
鹿苑は鹿苑で、
「駄目、ですか……?」
なんてつぶらな瞳で言ってきやがるし。
ええいっ、分かった。鹿苑も胸襟を開いてくれたわけだし、俺としてもここは彼女の信頼にこたえるしかない! 第一、勉強しかやらないわけだし、問題ないだろ問題! 勉強やってて何でそういう雰囲気になるんだ!!
パンッ、と太ももを強く叩いて、
「分かった……土曜日の午後2時からやろう。午後2時で良いか?」
歯を食いしばる気持ちで俺は言質を絞り出す。胸の中の葛藤になんとか蓋をしてそう告げる。対して鹿苑はそんな俺の葛藤なんか知らない笑顔で嬉しさを隠さずに微笑む。
「分かりました! 後から取り消すのはなしですからねっ」
「取り消さない、取り消さない。あと、相沢、そんな目で見ないでくれ」
「2人とも恋鐘さんに侵されて、変な価値観持ってない?」
否定しずらいことを……。付き合って2週間で家デートが速すぎるとか、そういう考えを抱いてない時点で俺もまぁまぁ恋鐘の恋愛観に毒されてる。もっと慎重に距離感詰めてくのが、俺の恋愛像だったんだがなぁ。
「恋鐘といえば、あいつ、体調の方、大丈夫なんだろうか。今週に入ってから2回しか学校に来ていないけど」
「土曜日について来てもらったのは、やはりご迷惑でしたね。風邪、悪化してないと良いのですが」
土曜日に疲れたから途中で帰った恋鐘。土曜日は体調が悪そうにみえなかったけれども、どうやら無理してたようだった。週が明けてから、休みがちで学校に来てもあまり元気はなく、いつもの溌剌さはなりを潜めていた。今日も休みだ。同じ掃除班で今日のゴミ捨て係だったからこそ、俺が代理でゴミ捨てに行くことになっている。
思えば転校という環境が大きく変わるイベントを経ながら、同時に恋愛相談なんて慌ただしいことをしていたんだ。疲れも溜まる。体調を崩すのもあり得ない話ではない。
「お見舞いに行きたいですけど、Cルームでそう言ったら断られちゃったんですよね。『気にしないで』って」
「あぁ、言いそう。でも、こちらとしてはそういうわけにもいかない気持ちなんだよな」
とはいえ無理矢理行くと気持ちの押し付けになるし、それはそれでよろしくない。やっぱり止めておくのが妥当だろう。
そんなお話をしながら集まったゴミを3人でまとめて、ゴミ箱に全てを放り込む。
「よし、じゃあ、ゴミ捨ててくるから、2人は先に教室に戻っててくれ」
プラスチック製のゴミ箱を持ち上げる。中身はほとんどなく、つまり空っぽと言って良い。
鹿苑に喧嘩売るようだけど、やっぱ掃除は毎日しなくて良いな。
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