ep.05 うわのそら
遊園地と言っても、笹良ドリームランドは国内の有名な遊園地よりは遥かにこじんまり、かつ特徴のない遊園地だ。絶叫系アトラクションが特別多いわけでも、有名な花畑があるわけでもない。ありふれたアトラクションが並ぶ、何処にでもあるような遊園地に過ぎない。
だから何をするかは割と雑多で、アトラクションの数々をはしごするような形でジェットコースターやらコーヒーカップやらの定番アトラックションをお昼になってからでも片っ端から乗りまくっていた。
その最中の移動時間で俺は左隣の鹿苑と一緒に歩いていたわけだが、
「鹿苑はアトラクションは何が好きなんだ?」
「……はい」
「俺は……実のところ苦手でさ」
「……はい」
「あー、えっと」
「……はい」
なんかおかしいな、今日な。遊園地に入ってからずっとこんな感じだった。これまでの俺達にあったコミュニケーションが上手に出来なくて、不要なすれ違いなどを生むことはあったが、しかし今日はコミュニケーションが上手に出来ないとかそういう次元じゃない。コミュニケーションが取れない。「don't」じゃなくて「can't」だ。俺が話しかけているにも関わらず、彼女の方はというと話を聞いてないようで的外れな返事ばかりよこしてくる。
例えば、次に乗るアトラクションの話をしていると、
「次はゴーカートにしようか?」
「そうですね! もうお昼にしても良いと思います!!」
例えば、昼飯の話をしている時には、
「遊園地の飲食店って軽食が多くて、なんか腹に溜まるようなものってあんまりないよな」
「帰ったら、お夕食をご一緒したく思います!」
という感じで、まぁなんというか鹿苑は今日は明らかに集中していない。ぼーっとしがちとか、そんな感じだ。
「鹿苑、なんか今日、体調悪いか?」
「…………」
「素足出してるから寒いとか、そんな感じか……?」
「…………ん」
お、今は会話が成立した気がする……なんて自分で自分を慰めないとやってられない自分がいるのだった。
うーむ、一体何がどうしたって言うんだ。付き合い始めて1週間経ったが、こんなにコミュニケーションが取れないのは初めてだ。
何か俺に不手際があったのだろうか? 今日やったことを振り返るが、別にいつも通りなんとなく上手くコミュニケーションが取れなかっただけだぞ。流石に1週間も付き合っていれば、鹿苑の態度を読み取るくらいは出来るようになったと思っていたがそれは傲慢だっただろうか。
(まだまだ互いに向き合っていかないといけないと、そういうことだな)
と反省をしつつ、しかし反省とは既に起きてしまった過去に対する感情なので現在進行形の今をどうにかすることは出来ないのだった。
だからここは助けを求めるしかないだろう。申し訳ないが。
視線を後ろに向ける。其処には俺達から3歩ほど離れた位置を歩く恋鐘愛がいる。恋愛相談を募集するほどの恋鐘であるならば、何か気づいたことがあるんじゃなかろうか。
俺からの救援要請を受け取った恋鐘は1つ溜息を吐く。それから声に出さず口だけを動かす。
(気づいてあげなさいよ)
気づく? 何に?
察しの悪い俺に不機嫌な顔になって、恋鐘は人差し指で下の方を指した。
その指に従って、俺の目線も下に動く。
何があるっていうんだ? 別に不審なものは何もない。あるのは俺の左手と鹿苑の右手だけだ。何も不審な点はな……い? いや、鹿苑の右手が不自然に反復運動を繰り返してる?
何がしたいんだ? 俺の方にちょっと動かしては引っ込め、動かしては引っ込めを繰り返して。
……………………。
「えいっ」
「にぁゃ?!」
なんとなく勢いよく掴んでみる。すると鹿苑が奇声を上げて、跳び上がる。
「な、何するんですか!」
「いや、手がねこじゃらしみたいだなって」
「猫ですかそうですか猫なんですね!」
「断定系は初めて聞いたな」
というよりは猫は鹿苑では? さっきも「にゃ」って言ってたし、今も「にゃーにゃー」言ってるし。猫耳でも買ってこようか? 確かマスコットキャラクターにいたよな、猫。そういうアイテムは売ってそうだが。
「で、恋鐘、これが正解だったのか?」
「まぁ、そうだけど、随分あっさり言ったね」
「いや、やってからじわじわ来てる。どうしよ」
そう、俺も俺とて勢いでやっちまっただけで、つまりはよく考えていないわけで、手を掴む――手を繋ぐことの重要性と稀少性を分かってなどいないのだった。
うわぁ、なんかやわらけぇ。女子の肌なんて触れたことないけど、なんというか体の内側の柔らかさみたいなのが違う。肌の質感ではなく、肉体の質感というべきか。肉に触れてるにも関わらず、硬めのスポンジケーキを押してるイメージが想起される。なんだこれ、未知の感触過ぎる。わけがわからず脳が混乱している。
「お、おぉぉぉ……?」
「あのふにふにしないでください、くすぐったいです……」
「おぉっと悪い」
顔を真っ赤にして言われて、急いで彼女の手を離す。だが、離した左手を鹿苑は跳びかかるようにして両手で捕まえて、
「手は離さなくて、良いです……」
なんて何かをこらえるように言ってくる。両サイドから柔らかさに包まれる幸せを享受しつつ、鹿苑の可愛さを感じつつで、うん、なんというか、なんといえばいいんだろうなぁ。
「このバッカプル共」
「「だからバカップルじゃない……」」
「否定するなら自信をもってしなさい」
仰る通りで。
恋鐘はかつかつ歩いて俺達の前に立つと言った。
「はい、まず飯田。鹿苑ちゃんの真意にさっさと気づきなさい。様子がおかしかったのは分かり切ってたでしょう」
「…………はい」
「察しが悪い」
ぐうの音も出ない。そうなんだよな、もうちょっと早くから気を回すべきだった。鹿苑がおかしくかったのはあからさまだったのだし。
「それと鹿苑ちゃん!」
「いやそのですねなんというか言い出せなかったと申しますかえっとえっとそのあの言いたくなかった言うとめんどくさがられるかなぁとかそういう心配をして――」
言い訳がましく言葉を並び立てる鹿苑に恋鐘は両腕を伸ばし、両手で頬を挟み込む。
そう、ぺちん、と、そんな可愛らしい音を立てて。
「言わなきゃ、ちゃんと。そうじゃないと伝わんないよ!」
真に迫る、物言いだった。鹿苑が――両頬を押されてタコのような間抜け可愛い顔になってても――気圧されているのが分かる。その言葉には、その叫びには恋鐘が抱えている感情が滲んでいる。羨望、いや悲哀? 分からない読めない。簡単に言葉で言い表してはいけない感情が込められている。
「恋人っていうのは相手の我儘をきちんと言い合える関係じゃなきゃ駄目なの。じゃないとお互いに不満を溜め込んできっといつか別れちゃう。それで良いの?」
「
「なら言葉にして、想いを隠さないで、自分のエゴをさらけ出して、自分を出すことを恐れないで」
鹿苑の両頬から恋鐘が手を離す。
「大丈夫。2人は『バカ』が着くほどのベストカップルなんだから。そう簡単に2人の仲は崩れないよ」
恋鐘は満足気に笑う。心底嬉しそうな表情だった。
「――ほら、さっさと行きなさい。次は観覧車だったでしょ!! せっかく2人きりになれる場所なんだからっ、きちんと距離感詰めて来なさいっ」
恋鐘は鋭く人差し指で俺達を指さす。恋鐘にそう言われてしまえば、俺達とすれば従う他ない。
「そうだな、それじゃあ――」
「――い、行きましょうか」
俺は戸惑いながら、鹿苑は少し気合の入った様子で歩き始める。
っと、その前に手だ。この不自然に繋いだ手をきちんとしないと。
「お願いが、あります!」
鹿苑がやや前のめりに俺に言ってきた。
「その、恋人繋ぎ、というものをやってみたいですっ」
「こ、恋人繋ぎィ?」
「はい、指と指とを絡めて繋ぐつなぎ方です!」
かなりハードルの高いものをリクエストしてきたな。確か恋人繋ぎっていうのは、お互いの指を指と指の間に絡めるようにするつなぎ方だったよな。
「行きますよ!」
「お、おう!」
かつてここまで気合を入れて恋人繋ぎをするカップルがいただろうか。
とにかく俺達は互いの体温が上がるのを感じながら、指と指を蠢かせる。
俺の人差し指を鹿苑の親指と人差し指の間に。鹿苑の人差し指を人差し指と中指の間に。
1本1本、丁寧に丁寧に。自分のものとは異なる体温と肌の感触を指と指の間という敏感な部分で感じられて、背筋がぞくぞくする。普段は触れ合わない部分で触れ合う非日常感が心臓の鼓動を変にさせていた。
「「…………ふぅ」」
俺の小指が鹿苑の薬指と小指の間に収まったところで、俺達は互いに熱い息を吐いた。それから目を合わせると、気まずくて目が合わせられなくなってしまった。
「なんか、変な感じ……しますね?」
「恋人繋ぎって、こんな、こんなものなのか……?」
世の恋人って、平然とこれをしてるのか? すごいな。俺からすれば異世界の住民過ぎる。
ちょっと妖しい空気が漂う俺達に恋鐘は馬鹿にしたように言った。
「恋人繋ぎ如きでどれだけ時間かけてんのよ、早く行きなさい」
…………。
これまで散々に雰囲気をぶち壊してきた恋鐘だったけど、今回ばかりは感謝だなほんとな。
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