ep.04 当日

 笹良ささらドリームランド。それが鹿苑が行くように命じてきた来た遊園地だった。俺達の最寄駅から1時間ほど離れた大きな街にあるその遊園地はここらでは数少ない遊べる場所ということで学生カップルからは貴重なデートスポットの1つとして重宝されていると聞く。

 2月21日土曜日、午前9時30分。今、俺がいるのはその笹良ドリームランドの入り口前の広場、その端だ。俺の目の前を親子連れやカップルらが楽し気に言葉を交わしながら、続々と入り口へと向かっていく。今日一日を楽しいものにしようと、そういう気持ちでいるのだろう。


(そんな思い出を作る場所に俺が鹿苑と一緒に行くなんて、1週間前の俺は信じられなかっただろうな)


 1週間前と言えば、ちょうどバレンタインデー当日。俺が一日中、複雑な思いを抱えていた苦しみの日であり、鹿苑と恋人になった幸せな日でもあった。この1週間であまりにも多くのことが変わりすぎていると、振り返りながらしみじみ思う。

 しかし、まいったな。俺個人の感覚としては今日が正式な初デートというわけで、恋人関係なんて特別な関係性で遊園地に行くのだとすると少しは期待しても良いのだろうか。恋人らしく腕を組むとか、食べ物の分け合いっことか。そういうこともしっちゃたりして良いのだろうか!

 

「なんかそわそわしてるけど、恋人っぽいこと期待するならなんで私を誘ったのよ」

 

 期待に胸を膨らませてる俺に冷や水を浴びせるような声が掛けられる。

 このあけすけな発言の主は勿論、恋鐘愛だ。


「おぉぉぅっ?! 急に声かけてくんなよ!」

「いや、ぼーっとしてたアンタが悪いでしょ。顔もにやけちゃって、傍から見たら不審者そのものだったわよ」

「マジ?」

「マジよ。家族連れが多いんだから気を付けなさい」


 しまったな。少々気が緩んでいたようだ。鹿苑の前では変な顔をしないようにしなければ。

 しかし、


「な、なに?」

「いや、なんでもない」


 今日は休日で、当然恋鐘も私服姿なわけだ。

 恋鐘はデニムのパンツに柄が入ったベージュ色のニットトップスの裾を入れている。その上から裏生地がもこもこしたジャンパーを羽織って、若干ワイルドな感じだ。踵の部分だけほんの少し厚底な靴を履いており、歩き回ることになるだろう今日が心配だった。

 

「そういえば、鹿苑が一緒に来るって言う話だったけど、彼女は?」

「はいはい、お目当ての娘はあそこよ」


 何処かいやらしい響きの言葉と共に指さされたのは、俺達から離れた場所にある案内看板だった。


「いないが……」

「よく見て見なさいよ」


 恋鐘に促されて俺は目を凝らす。よくよく見ると看板の影から黒い長髪とコートの裾が見える。


「鹿苑ちゃん、恥ずかしがってないで出て来なさいよ!」

「無理ですってっ、こんなっ、こんな恥ずかしい格好……!」

「速く来ないとナンパされるわよ」


 あ、飛び上がった。いつもと違った服装をした鹿苑が駆け足でこちらに向かってくる。

 黒髪を宙にたなびかせて駆ける彼女の姿を見て、俺は戦慄した。


(黒タイツ&淡い水色ミニスカート……だと?!)


 そう。ミニスカート、あのミニスカートだ。太ももが無防備に出ちゃうあれだあれ! 黒タイツを履いているとはいえ、鹿苑の足が見えている。学校でもバレンタインデーでも見られなかった彼女の足がっ、見えている! 

 いかんだろ、これは。おまけに、おまけにだぞ?! タートルネックの萌え袖白セーターとはっきりとした色で全体を引き締める明るい赤のコートはおしゃれが過ぎる。

 つまりまとめてしまえば、今目の前にいる俺の彼女は最強だってことだ。

 息を切らせる鹿苑は俺の目の前に立つと開口一番、ミニスカートの端を抑えて言った。


「うぅ……あ、あんまり、見ないでください」

「わ、悪い」


 顔を真っ赤にして請われて俺は鹿苑から目を逸らす。そうだよな、あんまりじろじろ見るのは良くないよな。


「なんでこんな恥ずかしい格好……」

「馬鹿ね、いつも足を隠してる鹿苑ちゃんが足を見せるのがギャップがあって良いじゃない」

「で、ですけど――」

「――ですけども何もないっ。いいからぴしっと背筋伸ばして、足を見せなさい足を!」


 恋鐘が鹿苑に発破をかける。鹿苑はこわごわとした様子でミニスカートの裾から手を離して、恥ずかしさを押し殺しながら腕を背中に回した。

 そして上目遣いに俺に聞いて来た。


「似合って、ますか」

「…………あぁ、勿論!」

「そうですかこういうのがお好きですかなんだか変態さんみたいですね」


 唇を尖らせ聞き捨てならない言葉を呟いた気がしたが、それでも鹿苑は満足気だった。所在なさげにその黒髪の先を指で弄りながら、目線を下に向けていて、その姿が愛おしかった。

 幸福だった。今すぐに死んでも良いくらいに幸福だった。綺麗で可愛い彼女がいて、そんな彼女が俺のことを好いていてくれるのは、この宇宙が生まれてたった一度しかない奇跡じゃないか。例え世界が何度繰り返しても、永遠に続く世界にとってはひと時でしかない俺と彼女の時間は一度しかないに違いない。

 悦に入る。そんな俺を現実に戻したのは、やはり恋鐘だった。

 

「おえーー」


 恋鐘が心底気持ちの悪いものを見るような目で俺達を見て、吐く動作をする。

 

「気持ち悪いわね」

「「くっつけたのは誰だっけ……?」」

「はもらないで、鬱陶しいわ」


 なんか冷たくないか、恋鐘。チケットをくれた時みたいにもうちょっとノリノリでいるもんだとばかり思ってたんだが――っと、


「そういやチケット! お金払うから、何円だった?」

「そうです、お金教えてください。無料ただで貰うわけにはいきません」


 同時に財布を出し始めた俺と鹿苑。しかし恋鐘はそれを諫めた。


「あぁ、いいからいいから。あれお父さんの仕事の関係で貰ったものだし」

「じゃ、じゃあ今日の分を――」

「――良いって鹿苑ちゃん」

「だが、俺達が頼んだんだから――」

「――だからあるんだってば、貰ったチケット」


 「4枚貰ったんだよね」と言って、取り出したのは俺達が恋鐘から渡されたチケットと同じチケットだ。

 チケットって、そんなポンポンもらえるものなのだろうか? 鹿苑も同じことを考えていたようで首を傾げている。


「ほらほら、さっさと並ぶわよっ。早くしないとどんどんお客さんが来ちゃうんだから」


 だが恋鐘はそんな俺達を笑いながら――あるいは無視して――背中を押した。

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