ep.02 お弁当
4時間目の終わりを告げる鐘が鳴る。古文の教師は早々に授業を締め、教室は鬱屈とした午前中から解放された生徒が活き活きとし始めた。
昼休憩だ。各々が弁当箱やら財布を取り出し始めている。
「僕、今日は購買なんだけど、和治は?」
「俺も購買だ。買いに行くか」
リュックから財布を取り出す。その時に恋人になって鹿苑と一緒に食べるのはありかという考えが脳裏をよぎった。だが、直ぐにその考えを振り払う。
まだ早い気がした。恋人になってから、まだ3日目だ。今まで話したことすらなかった2人の時間を増やすには、あまりにも性急過ぎる。急激な水温変化にグッピーは死んでしまうのである。
(此処はまず一端距離を置くべきだろう)
クラスのほとぼりもまだ冷めていない。下手に彼女と仲良くしていると注目されて迷惑になる可能性もあるので、やはり目立たないようにするのが妥当だ。
しかしこの俺の結論を覆すように、鹿苑が2つの包を持って、とことこやって来る。
俺達の前まで来ると俺と目を合わせて、離して、また合わせてそれから意を決した様子で口を開く。
「待って、ください……」
「お、おぅ。どうした?」
「その、お弁当を作って来たので、一緒に食べませんか?」
「お弁当……? それはいわゆる手作り弁当ってやつか?!」
俺は反射的に鼻息を荒くする。手作り弁当? 手作り弁当だと?! あの伝説の手作り弁当かっ?
「食べる、食べます!」
「わっ、そ、そんなにがっつかなくても私もお弁当も逃げませんよ」
前のめりになった俺に鹿苑が戸惑った微笑みを浮かべる。
「悪い、つい嬉しくってだな……」
「嬉しいそうですか嬉しいですか」
今度は照れた。バレタインデーの時も思ったけれど、鹿苑は意外と表情が忙しくて、見てて楽しいし可愛い。
「鹿苑さんのお弁当、だと?!」
「待って、あの2人に何が起きてるのわけわかんない展開なんですけど!」
「茉莉花さん、どうしちゃったの……」
クラスメイトが朝礼の時のように騒ぎ出す。そんなに気になるなら休み時間に聞けば良いのに。聞いてこなかったのは微妙な遠慮があるからか。踏み込まないなら気にしないで欲しい。俺は静かな恋人のいる生活を送りたい。
「とりあえず教室でようか。どこか別の場所で食べよう。具体的には、俺達があまり関心がもたれないところで」
「賛成です。なんだか皆さん浮足だってるみたいですし」
俺は鹿苑から俺の分の弁当を受け取る。それから一緒に購買に行くはずだった相沢に片手の合掌を作って謝罪する。
「ということだから、悪いな相沢」
「すみません、相沢さん。彼、お借りします」
「いいよいいよ。折角、念願かなって恋人関係になったんだし。出来立てほやほやの熱々カップルの邪魔をするほど僕も野暮じゃないさ」
「「熱々カップルってほどじゃない!」」
はもった俺達に相沢がにやりと笑う。それみたことかと言いたげに。
「じゃね、お2人さん」
手を振りながら去っていく爽やかイケメンスマイルに俺達は何も言えなかった。
「……行くか」
「……行きましょうか」
恥ずかしさ混じった空気を2人で共有して、俺達は並んで教室を後にする。
出る前に恋鐘を見やった。微笑みながら、サムズアップをしている。頑張れ、とそういうことだろう。
ただ気になったのは、その笑顔が企んでそうな笑顔であったことだった。
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