ep.05 理由
「――ごめん」
そう言われた瞬間、夢が冷めるような思いがした。お風呂に入っている時に冷や水をかけられたような感覚。浮かれていた私は一瞬にして現実に引き戻された。
だって、だって、そんな、「ごめん」だなんて言われることなんて想像もしてなかった。恋鐘さんに相談してて、相談内容が被ってて、だからこそ上手く行くと、私が失敗しなければ上手く行くと、そう考えていたから。断られる、なんて……
けれど、私が現実に冷めた一瞬のうちに見た彼の顔を――より厳密に言えば彼の目を思い返して、はっとする。
あの目を私は知っている。知っているどころか、目に焼き付いている。何度だって、そんな瞳を遠くで眺め、近くで見つめ、何度も思い返したのだから。
止めることすら出来なかった彼の背中を視線で追う。違うそうじゃない。追うのは彼が駆けだした先、彼の目的地だ。
私は彼の向かうであろう場所を見定める。
そして気づいた。
「まったく、仕様がない人」
ふ、と力が抜けるように微笑んでしまう。このタイミングですることなんでしょうか。よっぽど鈍いのか……いや鈍いのではなくて、人が良すぎるんですね、きっと。
そして、私はそういうところが好きになったのです。
「なんだか、気が抜けてしまいました」
心臓が爆発しそうなくらいの緊張感はいつの間にかなくなっている。なんというか、そういう空気じゃなくてなってしまっていた。
でもきっと、今の方がもっと言葉を上手く出せる。もっと多くのことを伝えられる。
だったららしさなんかいりません。
大事に持っていたチョコレートが入った袋の持ち手を片手で持って、私も彼の後を追って駆けだす。
彼が今、手を貸しているお祖母さんの元へ、と。
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