ep.04 駆けだす
駅ビルを出ると、寒風が火照った顔に吹き付けた。駅ビルの暖房に茹っていた俺には気持ちが良くて、体の熱を吐き出すように息を吐く。
もう既に日は落ちかけている。時刻にして16時56分。随分と日が長くなったものだ。赤い夕陽色が街をすっかり染め上げて、人々はせかせかと家路を急いでいた。
今、鹿苑は俺の隣にいない。半歩ほど後ろで俺についてくるようにして、歩いている。彼女は両手で少し高級感を演出した紙の袋をほとんど抱きしめるようにして持っていた。その中身は当然チョコレートで、送り主は俺だったりする。だからそんなに大切そうに持たれては、少々気恥ずかしい。座りが悪い気持ちになる。
俺は鹿苑に何も言わない。彼女もまた俺に何も言わなかった。今だけではない。チョコレートを選んで買ってからずっとそうだった。選ぶまではそこそこ話せていたにも関わらず、選んでからは離せなくなってしまった。緊張感があった。ついさっきの――つまり恋鐘からアドバイスをもらう前に流れていた気まずさではなく、張り詰めた糸のような緊張感が。
それは曖昧にしていた認識を改めて直視する時が近づいていることを俺達が知っているからだった。
(今日を鹿苑は逃さないだろう。逃してしまえば、きっともう俺達は永遠に機会を失うこととなる)
そういう予感があったのだ。互いの秘密を知ってしまった俺達はもう2度と交差するどころか、すれ違うことすらないだろう。永遠の平行線。ねじれになることすらない。互いの手が届かない、手を伸ばそうと思わないところまで距離は開いてしまうのだろう。
これまでだってずっとそうだったんだから。これからだってきっとそうだ。だから今日しかない。俺にとっての今日が、2人にとっての今日となり、今日という日はあまりにも重い意味を持つようになってしまった。
(やっぱり俺から伝えるべきか……そうすれば確実だしな)
これは勇気と覚悟の問題だ。言葉に出来るか出来ないかの。自分をさらけ出せるかどうかの。結末はさほど問題ではない。結末は分かり切っているのだから。
意を決して立ち止まる。厳密に言えば、立ち止まろうとした。その時だった。
「あ、あのっ」
震える声で鹿苑に呼び止められる。
「わ、わたっ、私は――っ」
力の入った指が持っている紙袋の端を崩した。散々真っ赤になってきた顔がもう夕日の光と同化してしまうくらい真っ赤になっている。しどろもどろになって、声を詰めらせながら、それでも彼女は
「私は、貴方の……こ、ことが――」
どれだけの勇気で、どれほどの覚悟で鹿苑が言葉を伝えてくれようとしてくれているかは分かる。俺と彼女は同じ気持ちを同じだけの思いで抱いているのだから。
だけど、だけど、それでも、彼女のその決死を最後まで聞くことは出来なかった。
「――ごめん」
「えっ?」
きょとんとしている顔が目に浮かぶような呆けた声だった。目に浮かぶようと思ったのは、俺が彼女の顔を見なかったから。
見ている余裕なんてなかったからだ。
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