ep.03 ネタばらし
「つまり、2人とも私の恋愛相談を受けてたってわけ」
スピーカー設定にしたスマホからけらけらと笑う恋鐘の声が聞こえる。
いや、そんな軽く言うことじゃないんだが……事情を聞かされていなかった俺としては自失してしまったほどの衝撃的事実だ。
だって鹿苑が恋鐘に恋愛相談をしていたっていうことは、その、鹿苑は俺のことを、その、あれなわけで……
ちらりと視線だけで鹿苑の様子を伺う。俺と彼女がいるのは彼女がいた売り場の隅っこの方。スピーカーの音声が人の迷惑にならない範囲で聞こえるように2人で肩を寄せ合っている。
体温も、匂いも、息遣いすら感じられるほどの距離。そしてこれまでの俺と鹿苑の関係性からは信じられないほどの距離感。もうダメだ。今日一日だけで距離感が近づきすぎてくらくらする。どぎまぎどころか気を失いそうだ。
そんなことを考えていると、俺の視線を感じたのか、鹿苑が上目遣いで俺の方を見た。
目が合う。
「「…………!」」
弾かれたように俺と鹿苑は明後日の方向を向いた。痛い。突然首を動かしたから首の筋がいたっ、イタタタ……
「なにかラブな気配を感じるわね」
不機嫌そうな恋鐘の声が聞こえる。なんで不機嫌になってんだ。お前が結び付けてくれた仲だろうが。
「まぁ仲良さそうで何よりだけど」
「「べ、別にそういうわけじゃ……!」」
否定の声が重なった。それが照れくさくって、2人してもじもじする。
「切って良い?」
「「切らないで!――あっ」」
「切るわよ」
呆れた声が目が死んだ声になったところで、俺と鹿苑は焦って彼女を引き留める。
2人で四苦八苦しながら説得すると、「仕方ないわね」と溜息を吐いて電話を切らないで居てくれることに成功。ほっと胸を鹿苑と一緒になでおろす。
「で、何? 何か聞きたいことがあるの?」
「あぁ、そうだな……まず聞きたいのはいつからだ?」
「何が?」
「鹿苑と恋鐘のつながり。いつからだったんだ?」
「そんなの最初からに決まってるでしょ」
「最初からって?」
「転校初日」
転校初日? いや、それはおかしいだろう。
「恋鐘、恋愛相談は先着一名って言ってなかったか?」
確か、いやはっきりとそう言っていたはずだ。恋愛相談は先着順だと。だというのに、2人の恋愛相談を受けてるのはどういうわけだ。
この疑問に、恋鐘は短く答える。
「相談内容が2人とも被ってたから。一緒に恋愛相談を受けた方が確実だと思ったのよ」
なるほど。確かに確実だ。相手のことが分かっていれば恋愛成就も容易だろう。何せ双方が自分の思い通りに動かせるんだ。これほど相談内容が実現できる好条件はないだろう。
『壁ドンをしろ』という鹿苑の気持ちを考えない無茶な指示と自信満々な様子に今なら納得できる。普通にしたら犯罪的な壁ドンだって、相手がされると分かっていれば何も問題ない。それこそお芝居みたいなもので決まり切ったことなのだから、驚きも恐怖もないはずだ。
「ちなみに相談してきた速さは鹿苑ちゃんの方が速かったわね。私が恋愛相談を募集してから直ぐに連絡してきたわ」
「恋鐘さん! そういうのは言わなくて良いですから!!」
突然の暴露に鹿苑は顔を真っ赤にして怒る。恋鐘はそんな彼女にまともに取り合う気がないようで、愉快そうに笑っている。
そうか、鹿苑の方が早かったのか……
こわごわと鹿苑の様子を伺う。彼女は俺が恋鐘に相談したことを知っているのだろうか。
そんな俺の疑問を見透かしたように恋鐘はさらりと答える。
「言っておくけど、鹿苑ちゃんはあんたが相談していること知っていたわよ。アタシが教えていたからね」
「なんで俺には教えてくれなかったんだよ」
「はぁ? 乙女の秘密をそうやすやすと明かせるわけないでしょうが」
「んぐっ、それは、確かに……」
自分の秘密を勝手に明かされた不公平感で思わず言ってしまったが、冷静になってみれば確かに恋鐘の言う通りだ。こちらを見上げる鹿苑の瞳も心なしか抗議の色を宿しているように見える。デリカシーがなかったか……
「まぁ、それはともかくとして、アンタたち、色々困ってるって話じゃない」
「「……ゔっ」」
痛い所を突かれた。2人して胸を抑える。
「鹿苑ちゃんはさ、アタシ言ったわよね。お金持ちのお嬢様だから金銭感覚の違いがあるだろうから、それについてはいちいち落ち込まずに配慮してあげなさいって」
「はい……」
「折角既に選んじゃったモノを渡すんじゃなくて、一緒に選ぶデート形式にして親交を深めようっていう算段だったのに、全部裏目に出てるじゃない!」
「はい……」
恋鐘からのダメ出しに鹿苑があからさまに首をすぼめた。なんか色んなことを考えてたんだな、2人とも。特に恋鐘は俺の時と違って真面目に恋愛相談している。ちょっと意外な姿だった。
そんなことを呑気に考えていると、恋鐘の標的が俺に変わる。
「飯田も飯田よ! 金銭感覚の違い程度でうだうだしてっ。まったく器が小さい男ね……っ。乙女の頑張りくらい受け止めてやりなさいよ!」
「いや、だが――」
「うるさい、言い訳無用!」
「……はい」
有無を言わせない恋鐘の口調に、俺は何も言えずに返事をする。鹿苑から見れば、さっき俺から見た鹿苑のように首を竦めている俺が見えるだろう。恋鐘の凄まじい剣幕に俺は口を開けない。
ただこれだけ怒ってくれるってことは、それだけ俺達の恋愛相談に真剣だってことで、そこはやっぱり感謝しなくちゃいけないな。
しかしスマホ越しに怒られる男女2人組は傍から見れば、どう見えてるんだろう。2人仲良く並んで肩身を狭くしている様は滑稽に映ってるんじゃないだろうか。そしてそんな自分達を想像して俺は思わず頬が緩む。
「くすっ」
澄んだ声で噴き出したのは鹿苑だ。きっと彼女も同じ想像をしたのだろう。
互いに目配せしあう俺と鹿苑。2人同じことを想像して可笑しくなっているのに、更に可笑しくなってしまった。
「くすっ、ふふふふっ」
「ぷっ、っははははは」
耐え切れなくなって2人して笑いだす。「ちょっと何笑ってんのよっ、ねぇ?!」とスマホの向こう側から怒声が聞こえる。それすら可笑しくって更に笑ってしまった。
そのうち恋鐘も諦めたのか、
「それだけ仲良ければ大丈夫よ、もう。嫉妬しちゃうくらい仲良ければね」
と呆れと諦めが籠った声でそう吐き出した。
最後に彼女はこう締める。
「良い? とにかく恋人関係に必要なのは相互理解。つまり互いの価値観をすり合わせ、互いの想いを受け止めること。2人ともまったくの赤の他人なんだから、価値観が違うのは当然。その違いにいちいち落ち込んで、自分を押し込んでるんじゃないわよ。もっとエゴとエゴをぶつけ合わせなさい。そうしなきゃ、恋人関係なんて長くは続かないわよ」
そう言って、恋鐘は一方的に電話を切った。
後に残されたのは互いの秘めた想いが2人の間の公然になってしまった男女だけ。俺達は互いの秘密を指摘しなかった。もう既に分かり切ってしまったことだけれど、唐突であったためにまだ曖昧模糊に捉えられ、言葉にすることで明確に捉えてしまうことへの覚悟が未だになかったからだ。
冷静になった考えてみると恥ずかしい。顔に熱がかぁぁぁっと上る。それは鹿苑も同じなようで、顔を耳まで真っ赤にしていた。なんだか今日はお互い顔を真っ赤にしてばっかりな気がする。
しばらく2人でもじもじしていたが、ずっとこのままというわけにはいかないだろう。それに今ならば上手く行くはずだ。恋鐘に貰ったアドバイスと隠れるようにして笑い合った経験を共有した俺達なら。
俺は意を決して彼女に問う。
「行く?」
初めて見せくれた満面の笑みで鹿苑は俺に答える。
「はい!」
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